こんなにも切ない気持ち

私はいらない

 

 

 

 

アシンメトリー

    I don't love you. If you were he, I would be happy.

 

 

 

 

「ねえ。アンタ彼氏つくんないの?」

 

 

 

 

 

昼休み、友達の朱チン(あだ名)が紙パックのジュースにささったストローをくわえながら尋ねてきた。

別に答えを求めてる訳でもなくたださっきから無言だった私達に会話を提供してくれただけのこと。

朱チンは彼氏をたくさんもっている。

これは私と朱チンの秘密。

ただ単に朱チンが浮気性なだけなんだけど……。

だからこそ朱チンはなかなか彼氏を作らない私に多少たりともイラついていたんだろう。

 

 

 

 

 

「だって宍戸先輩が忘れられないんだもん……。」

「アンタも未練タラタラ人間だねー。そんな性格はモテないよ?」

「うっるさいなー。別にいいでしょ。」

 

 

 

 

 

宍戸先輩

私のクラスにいる宍戸亮のお兄さんで私達の二つ上。

私が一年生の時に一目惚れしてずっと好きだったんだけど二年の差はあまりにも大きくて宍戸先輩は出会って一年で卒業してしまった。

 

 

 

 

 

「弟じゃダメなわけ?」

「ダメとか言う前に弟はテニス部だから論外でしょ。私テニス部やだよー。何か怖いもん。」

「まあ周りが煩いもんねー。あの暇人共。」

 

 

 

 

 

中学から人気だったテニス部は高校に上がってさらに人気になって今では三年生より二年生の方が活気づいている。

きっとこれもあの跡部景吾がいるからなんだろうな。

二年生なのにもうレギュラー入りしてるし。

それに比例して周りのファンも怖い怖い。

レギュラーどころかファンにも近付けないこの状況。

みんなが自分を見失いながらレギュラーを必死に追いかけているのを見てると呆れてものも言えなかった。

 

 

 

 

 

「やっぱ宍戸先輩がいい!」

「卒業した人のことをいつまでも引きずってたら新しい恋なんてできないよ?」

「むー……宍戸しぇんぱぁい。」

 

 

 

 

 

机に顔を押し付けて宍戸先輩を思い嘆く。

やっぱり彼以上にカッコイイ男の人なんてそうそういないと思う。

そんな私を見て朱チンはしばらく考える素振りを見せて何か思い付いたように顔を上げて手を叩いた。

 

 

 

 

 

「いいこと思い付いた!」

「ナニ?」

「宍戸弟をモノにしちゃいなよ!」

「却下。」

 

 

 

 

 

考える間もなく否定。

なしてそんな考えに辿り着くのか一度朱チンの頭の中を覗いてみたいものだよ。

っれか簡単に言うけど弟すらモノにするのは難しいんだってば。

テニス部だよ?

それでも朱チンは私の返事を聞いていたのか聞いてなかったのかわからないけどとりあえず話を続けた。

 

 

 

 

 

「そしたら宍戸先輩と繋がり持てるじゃん。あわよくば宍戸先輩に乗り換えちゃえよ」

「…私世渡り下手だから無理だよ。そんな高度な技私には無理無理」

 

 

 

 

 

顔の前で手を左右に振って同時に首も大きく左右に振った。

朱チンはとんでもないことを考える。

浮気いっぱいしてるからそんな考えに辿り着くんだ。

私には無理だっつーの。

 

 

 

 

 

「宍戸先輩と会いたくないの?」

「会いたいけど宍戸弟と付き合えるなんて思えない。それになんか宍戸弟が可哀相じゃん。」

「まあそれもそうだよねー。」

 

 

 

 

 

ストローをくわえた朱チンは頬杖をつきながら窓の外に目を遣った。

初めからあまり本気な会話じゃなかっただけに朱チンもあまり強制はしない。

今回もまた簡単に引いてくれた。

こんな会話はただの暇潰しに過ぎない。

だからこうしてまた今日の昼休みもくだらない話で終わりを告げようとしていた。

 

 

 

 

 

「だけど本当彼氏つくらなきゃ損だよ?」

「何が?」

「彼氏いないなんて人生そーんってこと。」

「…確かにね。彼氏作んないと損だよね。」

 

 

 

 

 

わかってる。

そろそろ宍戸先輩のことはふっ切って新しい恋をして彼氏作らないといけないことぐらい。

じゃないと私いつまで経っても独り身じゃん。

高校入ってから宍戸先輩以外何の恋もしてないや。

中学の時はそこそこだったけど…。

 

 

 

 

 

「じゃあ頑張ってみようかな。」

 

 

 

 

 

ただの気まぐれで呟いた台詞。

朱チンは頑張れとだけ言って携帯を弄り始めた。

 

 

 

 

 

この先、私は恋愛がそんなに甘くはないことを知る。

それは自分の意志の弱さ、曖昧さが全ての原因なんだとはまだ知らなかった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「クラスの親睦会参加する人ー!」

 

 

 

 

 

クラスの纏め役の男子が教卓の前へ踊り出る。

そういえばこの前親睦会やるから今日予定空けとけって言われたっけ。

すっかり忘れてたよ。

最終人数を確認するため、その男子は一人ひとりに参加するか否かを尋ねて歩き出した。

 

 

 

 

 

さんは?さん参加するだろ?」

「してほしい?」

「もちろーん。よし、さん参加っと!」

「いやまだ言ってないから。」

「でもするでしょ?」

「うん。別にいいよ。」

「さっすが!もうさん大好き!!」

「うぎゃっ!!やめんか!!!」

 

 

 

 

 

いきなり抱きつこうとしてきた男子を私は持っていたノートで叩き返した。

それでも幹事としては参加してくれるということが嬉しいのか携帯をメモ代わりに私の名前を打ち込んでいた。

そしてそのまま彼はまた今日の帰りに予定を伝えると言い残し私の後ろの席へと移った。

 

 

 

 

 

「宍戸はー?来る?」

「わり、俺部活。」

「部活のあとは?」

「遅いし疲れてるから行かね。」

「来るだろ?」

「行かねっつってんだろ!」

「来いよー!!お前来ないと女子がちょっと減る!!」

「何だよそれ…。俺まったく関係ねえじゃん。」

「関係アリだ!てなわけで、とにかく来いよ!」

「はあ?行かねえし。」

 

 

 

 

 

後ろの会話のやり取りが聞こえてくる。

振り向かなければあの人と同じ声。

なんだ、宍戸来ないのか。

まあテニス部は大変だからねー。

すると幹事である男子が溜め息を吐いて私の肩に手を置いた。

 

 

 

 

 

もちゃんと来るんだぜ!?」

「いや、だから何だよ…。」

だってバイトで忙しいのに来るんだぜ!?」

「…へーってバイトしてんのかよ。」

「え、ああ…まあ一応ね。」

「ふーん。」

 

 

 

 

 

ちょっとビックリした。

まさか私に話がふられるなんて思ってなかったから。

宍戸は考える素振りを見せて少し唸った。

 

 

 

 

 

「それじゃあ行けたら行くってことで。それでいいだろ。」

「曖昧だなー。でもまあいいや。んじゃ部活終わったら俺に電話かメールくれよ!」

「おう。わかった。」

 

 

 

 

 

どうやら一件落着したらしく、幹事の男子は次の席へと移動した。

ふーん、宍戸も来るんだ。 まだ決まってないけど…。

でも来たらいいのに、と思ってしまう私は一体宍戸に何を期待してるんだろう。

 

 

 

 

 

って何処でバイトしてんの?」

「え?」

 

 

 

 

 

振り返ると背もたれに体重を預けて足を投げ出すように座っている宍戸が携帯を弄りながら私に尋ねてきた。

今まであんまり喋ったことなかったからちょっと一瞬心臓が跳びはねた。

わー、こっから見るとますます宍戸先輩にそっくりだ!

まだ宍戸の方がちょっと幼いけど…。

 

 

 

 

 

「いや、だからバイトって何処でしてんのって。」

「えーっと…駅前のコンビニ。」

「ふーん、忙しいのかよ。」

「まあぼちぼちかな。駅前ってなだけあって朝とか夜とかはけっこう人来るよ。」

「そっか。バイトとか大変だよな。」

「大変だけどお金貰ってるからね。やればやるだけお金も貯まるし。」

「それいいよなー。俺なんて減る一方だし。」

「部活で?」

「そ。試合なんかの交通費とか自分持ちだしな。」

「マジ?じゃあ試合やればやるだけお金なくなるんじゃん。」

「そうなんだよなー。ま、楽しいからいいけど。」

 

 

 

 

 

そう言いながら宍戸は苦笑いを浮かべる。

そのあと宍戸とチャイムが鳴るまでくだらない話を続けた。

初めてだ、こんなに喋ったの。

でも話した内容って言ったら今日の親睦会の費用が高いだの部活はしんどいだの…そんなことばっかり。

その中で一度だけでてきた宍戸先輩の名前に、私は必死に高鳴る心臓を抑えて平常心を保った。

 

 

 

 

 

『宍戸弟をモノにしちゃいなよ!』

 

 

 

 

 

朱チンの言葉が頭を過ぎる。

やだな。私すごく嫌な奴。

そんな恋なんて楽しくないに決まってる。

私の恋は宍戸先輩が卒業したあの日に終わってるんだ。

だから宍戸に媚を売るような真似はしたくない。 いや、その前にできない。

そう思ってても朱チンの言葉が頭の中を支配して消えてくれない。

 

 

 

 

 

「あー最ッ低!」

 

 

 

 

 

親睦会は一度家に帰ってから夜の7時に駅前でまた待ち合わせて行くらしい。

私は一人で帰路を歩きながら空を見上げて呟いた。

それにしても朱チンはなんて事を私に植え付けてくれたんだ。

宍戸の顔見るたびにあの言葉を思い出す。

そんなつもりないのに。 やだな。

 

 

 

 

 

「一途なのって…いけないことなのかな。」

 

 

 

 

 

私の独り言は虚しくも空へと消えていく。

このあと予定通り行われた親睦会は宍戸の席だけ寂しく空いていた。

 

 

 

 

 

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2007.04.03 執筆 2009.09.23 加筆修正