こんなにも切ない気持ち
私はいらない
アシンメトリー
I don't love you. If you were he, I would be happy.
昨日の親睦会が夜中まで長引いたおかげで朝は地獄のように眠たかった。
重い足を無理矢理動かして予鈴ギリギリで校舎へと入る。
下駄箱から靴を取り出して大きな欠伸を一つこっそりと出してみた。
「見えてんでー。」
「んがっ!!」
「隠しきれてへんやん。自分女の子やねんからもうちょっと周り気にしぃや。」
私の隣の下駄箱の住人、忍足侑士。
去年、つまり一年生の時地味に同じクラスだった。
下駄箱は三年間場所は変わらないから卒業までずっとお隣りさん。
忍足君は靴を中にしまって学校指定の上履きを取り出した。
は、恥ずかしい…見られてしまった。
だけど惜し気もなくまた大きな欠伸がとめどなく出てきた。 懲りないな、私。
「どないしたん?目の下クマ出来てんで。」
「…普通に眠いの。」
「寝てへんの?」
「そうなのよ、昨日夜中までクラスの親睦会あったからさー。」
「そんなんあったん?ほな宍戸来てへんかったんちゃう?」
「うん。来てなかったよ。何で?」
「いや、アイツ昨日部活終わったあと部室で寝てしもてたからなー。ジローみたいやったで。」
何故か共に教室へ向かう私と忍足君。
一年生の時だってそんなに喋ったこともなかったのに。
だけど自然と会話が進むのはきっと忍足君が積極性溢れる人だからだろう。
階段を上りながら私は眠いながらも忍足君の会話に耳を傾けていた。
へー宍戸寝てたんだ。 だから来なかったんだ。
あの様子だと来ると思ってたのに。
「大変なんだね。テニス部って。」
「まあな。早よ俺らも跡部みたいにレギュラーなりたいしな。」
「でもテニスばっかで遊んでらんないんじゃない?それってつまんなくない?」
「そうやなー。しょっちゅう遊びには行かへんけどそうでもないで?」
「ふーん、そうなんだ。でもクラスの親睦会も参加できないって何かちょっと悲しくない?」
クラスのほとんどが参加する親睦会にも部活が優先で参加できない。
それって何だかとっても悲しくないと思う。
私ならちょっと嫌かも。
自分の知らないところで自分以外のみんなが仲良くなって……
気がつけば自分一人がクラスから孤立している。
そんなことになったら私泣きそうになっちゃうよ。
それとも男子はあんまりそういうこと気にしないのかな?
忍足君は私の顔をじっと見つめて数回瞬きをすると、もうすぐ着く私の教室のドアに視線を向けた。
「まあ俺らにとって部活は確かに優先やけど…でもアイツは昨日の親睦会とやらに行くつもりやったみたいやけどな。」
「え?」
「宍戸きのう部活の後に用事ある言うていつもやったら居残り練習するのにきのうは部活終わったらさっさと部室戻ってったんや。」
「そうなの?」
「着替えてる最中に寝てしもたみたいやけどな。」
「…馬鹿だね。」
ちょうど私の教室の前に来て忍足君は「ほな眠たいやろうけど居眠りせんと頑張りや」と言いながら手を振って隣の教室へ入って行った。
忍足君とあんまり喋ったことなかったから何だか変な感じ。 よく喋ったな、今日は。
私は教室のドアを開け、再び欠伸をしながら自分の席に向かって歩いた。
「おっす。」
「おはよ。昨日結局来なかったんだね。」
「え、ああ…わり。」
「寝てたんだってね。」
「何で知って…ってあー…今忍足に聞いたのか。」
「うん。でも疲れてたんなら来なくてよかったと思うよ?夜中までやってたし。」
「マジかよ。 お前らどれだけ元気なんだよ!」
宍戸が信じられないといった表情で目を丸くした。
ってか宍戸が挨拶してくれたのなんて初めてかも。
どういった心境の変化? それともただ昨日喋ったよしみ、みたいな?
「おかげで眠くて朝から欠伸とまんないよ。今ので八回目。」
「クマすげえもんな。大丈夫か?」
「うーん。寝たら治るんじゃない?」
「授業中寝る気かよ。ったく、単位落とすぞ。」
「縁起でもないこと言わないでよ。本当に私危ないから。」
「だろうな。お前いつも真面目に授業受けてねえじゃん。」
「受けてるよ。」
「携帯弄ってるくせに。」
「……!!」
宍戸の言う通り全く授業を聞いていない私はこのままだと単位落とすかもしれない。
本当に危ないんだけどね。
今日くらい寝たっていいじゃないか。
そんな甘い考えを抱きながら一時間目の授業の教科書を鞄から取り出す。
えーっと日本史だっけ?
「うっわ、よけい眠くなる授業きた。」
「寝んなよ。日本史に必要なのは忍耐だぜ。」
「聞いたことないよそんな精神論。」
「寝たら後ろから蹴って起こしてやるよ。」
「ははは、そういうのを有難迷惑って言うんだよ。」
今こんなにも宍戸が張り切ってるのは宍戸は日本史が得意だからならしい。
そりゃ私だって自分の得意科目が一時間目だったら頑張って起きてるっつーの。
ふと、宍戸の顔に視線を向けると昨日の朱チンの台詞が頭を過ぎった。
『宍戸弟をモノにしちゃいなよ!』
― ッズキン
うっわ、何考えてんの私。
今一瞬、宍戸を宍戸先輩と重ねちゃった。
そりゃ兄弟なだけあって雰囲気とかそっくりだけどやっぱり何か根本的なところが全然違うし……。
本当何考えてんだろ私。
こんな考えさっさと消してしまおうと私は頭を左右に振って気を紛らわせた。
「何してんだお前。」
「ちょっと自分に嫌悪感を抱いちゃって……反省中。」
「ふーん、でもそんなに頭振ってると気分悪くなるだろ。」
「…もうちょっと気分悪いかも。」
「はあ!?」
頭を振りすぎて胸の辺りがムカムカする。
朝食べた物、昨日食べた物が全てリバースしてしまいそうな勢いだ。
そんな可哀相なことになっている私を宍戸は馬鹿を見る目で見てきた。
「おい、保健室行くか?」
「いや…授業受けないと冗談抜きで単位やばいんで。」
「そうかもしんねえけど気分悪いんだろ?」
「ううん、大丈夫。」
「顔色悪ぃくせに何が大丈夫だよ。ほら、行くぜ。連れて行ってやるから。」
「……いい。授業出る。」
「ったく、お前なあ…。」
頑なに首を左右に振り続ける頑固な私を見て、宍戸はどうしようもない奴とでも言いたげに立ち上がった。
溜め息を吐いて私の腕を引っ張る。
ちょ、行かないってば…!
「お前今日疲れきった顔してんだから保健室行って寝ろって。」
「やーだー!」
「あのな、お前何歳だよ。いいから行くぞ。」
嫌がる私なんて気にもしないで宍戸は私を保健室に連れて行く気らしい。
手を引っ張りながら教室を出て行こうとする。 嫌だ行きたくないし手が痛いよー。
途中で気付いたクラスメートが指をさしながら何かコソコソ話しているのが見えた。 あ、朱チンだ。
教室を出る時と同じやり取りを何度か繰り返しながら気が付けば保健室の前までやって来てしまった。
もうここまで来れば私も折れるしかない。 しょうがないや。
抵抗するのをやめて宍戸の指示に素直に従う事に決めた。
「失礼します……って、あれ?」
「先生いないみたいだね。」
「何処行ったんだ?まあいっか。はベッドで寝とけよ。俺カード書いててやるから。」
「うん。ありがと。」
そう言うと私はベッドに潜り込む。
本当言うと結構きていた私の体。
あーしんどい。 うげろ、吐きそうだ。
宍戸は近くの椅子に座るとカードと鉛筆を持って今日の日付と時間を記入していた。
名前のところで一度手が止まり、思い出したのかと微妙な字で記入した。
「お、体重って欄が…ここは知らねぇし空けとくからあとで自分で書けよ。」
「う…ん……ありが…と。」
気がつけば意識が朦朧としていて夢の中の宍戸先輩と今私の目の前にいる宍戸が一瞬だけ重なって見えた。
そのまま重たい瞼を閉じれば、私は夢の中へと自然に意識を手放してしまっていた。
***
「気分が悪い、っと。」
症状記入欄の気分が悪いに丸をつける。
隣に視線を向けてみると気持ち良さそうにすやすやと寝息を立てて眠っているの姿が目に映った。
「あら、誰かいるの?」
「!、え、あ、はいいます。」
ドアが開いて保健の先生が入ってくる。
別に悪いことをしているわけではないけれど俺の肩がビクリと揺れた。
何だよ…今頃出勤かよ。
俺はカードを持って立ち上がった。
「コイツ気分が悪いらしくてちょっと寝かせてます。」
「あらそう。宍戸君だっけ?付き添いありがとうね。」
「いえ。じゃあここにカード置いておきますね。」
「宍戸君が書いてくれたの?あらあら、もしかして……彼氏?」
「ち、違いますよ!俺はただの付き添いです!」
「ふふふ冗談よー。じゃあ宍戸君は授業出てらっしゃい。」
「……はい。失礼しました。」
あとのことは全て先生に任せて保健室を出た。
当然の如く誰もいない廊下を一人歩きながら考える。
どうせ今更行ってもなー。
授業始まってるし……屋上でサボるかな。
そう思うと足は自然と屋上に向いていた。
「いらっしゃーい。」
「……お前さっき教室入って行かなかったっけ?」
屋上に足を踏み入れるとすぐに忍足の姿が見えた。
コイツが教室に入って行く姿をが教室に入って来る時窓から見たはずなのに。
俺は忍足の隣に腰を降ろして胡座を掻いた。
「ほんまは一時間目からサボる気やったから教室寄る気なかってんけどと教室まで歩くためにわざわざ教室寄ったんや。」
「……何で?」
「何となく。」
忍足はポーカーフェイスだとよく言われてる。
普段俺はあんまり気にしない方だけどこういった時に相手の表情から考えを読み取れないというのはやはり何処かもどかしかった。
チッ、何なんだよ。
いかにも俺のことなら何でも知ってるみたいな顔しやがって。
「と何話してたか知りたい?」
「別に。」
「ほな話さんとこ。」
「…何が言いたいんだよお前は。」
「素直やないと損すんで?知りたいやろ?」
「叩き潰すぞ。」
俺は寝転がって空を見上げる。
今はそう、俺の中でアイツがまだ特別な存在だった、高校二年生の春。
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2007.04.03 執筆 2009.09.23 加筆修正