こんなにも切ない気持ち

私はいらない

 

 

 

 

アシンメトリー

    I don't love you. If you were he, I would be happy.

 

 

 

 

「あ、じゃん。」

 

 

 

 

 

もうすぐ私達も三年生になる、そんな時期。

一緒に買い物に来ていた朱チンが帰ってしまい、何となく一人さ迷っていると聞き覚えのある声が聞こえた。

 

 

 

 

 

「宍戸!」

「偶然だな。買い物?」

「うん!宍戸は?」

「俺も買い物だったんだけどジローの奴が眠いっつって帰っちまったんだ。」

 

 

 

 

 

私は頭の中で変換式を作る。

ジロージロージロー……あ、芥川慈郎!

宍戸と芥川慈郎かー。

普段あまり見ない組合せだなーなどと頭の中で思うのと同時に、何だかお腹が空いてきたなとも思う。

不意にお腹が可哀相な音を奏でた。

 

 

 

 

 

「…腹減ってんのかよ。」

「笑うなー。さっきまでお昼抜きで散々朱チンの買い物に付き合わされてたんだからしょうがないじゃんか。」

「で、そんなにも買ったのかよ。ったくわかんねえな女ってのは。買いすぎだろ。」

 

 

 

 

 

宍戸は私の手に握られた服やら小物やらが入ったショップ袋を見て言った。

だってせっかく昨日給料日だったし……。

たまには大量に買ったっていいじゃんか。 それが女の楽しみってもんだ。

宍戸だって何個かショップ袋持ってるみたいだし人のこと言えないじゃん。

 

 

 

 

 

「あのさ、」

「ん?」

「嫌ならいいけどよ…一緒に何か食わねえ?」

 

 

 

 

 

ちょっとだけ照れ臭そうに頬を掻く宍戸。

まさか宍戸からそんなお誘いがくるなんて思ってもいなかったから数回瞬きをして固まった。

え、もしかしなくとも今私って宍戸に誘われてる感じ?

 

 

 

 

 

「俺もジローに振り回されて昼食ってねえんだわ。本当はもう晩飯まで我慢しようと思ってたんだけども食ってないっつうから。」

「じゃあ宍戸も食べてないんだ。そっか……うん、いいよ!」

「マジ?」

「うん!私お腹鳴っちゃうほどお腹空いてるし。」

「ぷっ、それもそうだな。それじゃどこで食う?」

 

 

 

 

 

今まで平行線だった私と宍戸のただのクラスメートという関係。

まあ私が極端に避けてたというのもあってだけど。

今日ここにきてかなり急接近な感じがする。

だって休日に一緒に食事だよ!?

まぁぶっちゃけ偶然の成り行きだけど。

ってか改めてよく見たら宍戸の私服姿、かなりカッコよくないか?

普段制服姿ばっかり見てたから私服姿なんて見たの初めてだよ。

なかなかセンスあるじゃん! さすが宍戸先輩の………

 

 

 

 

 

?」

 

 

 

 

 

私、今何て言おうとした?

宍戸先輩の何?

宍戸先輩の ― 弟 ― だから?

 

 

 

 

 

私、最低だ。

また宍戸と宍戸先輩を比べて何やってんだよ。

宍戸は宍戸。 先輩は先輩。

宍戸は先輩じゃないんだから。

わかっているはずなのに、何やってるんだろう本当。

自分を落ち着かせるように何度も頭の中で唱えるように繰り返す台詞。

 

………よし、大丈夫。

 

 

 

 

 

「私あれ食べたい!あのマックで何か新発売出たじゃん……アレがいい!」

「ファーストフードかよ。まあいいや、そうと決まれば行こうぜ。」

「やったー!」

 

 

 

 

 

不思議そうに私のことを見ていた宍戸をごまかすため、何か話題をと咄嗟に出てきたのがマック。

私ってボキャブラリーが呆れるほどに範囲狭いなー。

マックなんて定番じゃん。 まあ定番だからいいんだけど。

それでもそんな私に気づくことなく宍戸は苦笑いを浮かべながらも承諾してくれた。

それだけが救いだった。

 

 

 

 

 

って何でも美味そうに食うよな。」

「えーそうかな?」

「頬っぺたケチャップついてるぜ。」

「嘘!!」

「嘘。」

「何!?」

 

 

 

 

 

ハハハと人を馬鹿にしたように笑う。

うっわ。 宍戸がこんなことする人だったとは…。

ってか今のなんかすっごくカップルっぽい会話じゃなかった!?

私と宍戸が!? 私と宍戸が!? うっそー!

 

 

 

 

 

「何か顔赤くなってねえ?」

「ない!」

「そうか?」

「そう!」

 

 

 

 

 

顔をブンブン左右に振る。

右の筋がブチッて鳴った気がした。 …大丈夫かな。

私は同様を隠すためカップに入ったジュースを勢いよく飲み干した。

 

 

 

 

 

「ぷっ、そういう宍戸こそが頬っぺたにソースついてるし!」

「マジかよ!」

「マジマジ!」

「どこだよ!」

「嘘だよ。」

「は!?……お〜前〜!」

 

 

 

 

 

今度は私が馬鹿にしたようにゲラゲラ笑う。

だって今の宍戸の間抜けな顔ときたら……。

思い出すだけでもまた笑える。 バカバカ宍戸。

自分でやっといてひっかかるかっての。

宍戸は悔しそうに照れ隠しのつもりで残りのバーガーを一気に口に放り込んだ。

 

 

 

 

 

「あーそう言えば今日夕方から降るんだっけ?」

「何が?」

「雨だよ雨。天気予報のオジサンが今日は傘を持って歩きましょうって言ってたもん。」

「マジか、俺天気予報見てくんの忘れたぜ。」

「私それまでには帰る気満々だったから持ってこなかったよ。今もう外降ってるのかな?」

 

 

 

 

 

濡れたー最悪ーと湿った髪を振りながら隣の席につく女子高生の姿を見ながらポテトを食べた。

この様子じゃあもう降ってるなあ。 どうしよう。

 

 

 

 

 

「じゃあもう出るか。」

「でももう降ってるみたいだよ?」

「ちょっと走れば俺ん家すぐだし傘貸してやるよ。」

「え、宍戸ん家ここからすぐなの?」

「そうだな、ここからだったらそう遠くねえしちょっと濡れるのとびしょ濡れになるのとじゃ違うだろ。行こうぜ。」

 

 

 

 

 

私のトレイと自分のトレイを重ねてそれを手に持って立ち上がる。

私もそのあとを追うようにして大量の荷物を両手に持って席を立った。

 

ちょっとちょっと、これは更なる急接近じゃないか。

だって宍戸ん家だよ?

傘貸して貰うだけだけど宍戸ん家に行くんだよ私。

何だかすごく緊張してきた。 あーあ、疲れる。

 

 

 

 

 

「おーおー降ってんなー。」

「まさか走るの?」

「走る。走らなきゃ意味ないだろ?」

「えー私走るの嫌ーい!」

「うっせ、たまには走れ。じゃないと太るぜ!」

 

 

 

 

 

そう言って毒を吐くと私の腕を掴んで走り出した。

きゃー速い速い速い!

私とアンタじゃ脚の速さが違うっつーの!

二人雨の中マッハで走り抜けると5分くらいで一軒の家の前に辿り着いた。

門の横の改札には宍戸と白く彫られた文字。

ああ、ここか。

何だかすっごくドキドキする。 何だろうこの妙な緊張感は。

私が緊張を解そうと軽く深呼吸を繰り返している隣で慣れた手つきで門を開ける宍戸。

そして二、三歩あるくとドアの鍵穴に鍵をさしてカチャカチャと回した。

 

 

 

 

 

「あれ?」

「どうしたの?開かないの?」

「いや…、」

 

 

 

 

 

宍戸はもう一度鍵を回してドアを開ける。

今度は簡単に開いた。

それとほぼ同時に私の息は止まった。

だって、扉の向こうの視界に入ったのは紛れもない

 

 

 

 

 

「何だ兄貴帰ってたのかよ。」

 

 

 

 

 

宍戸先輩だった。

 

 

 

 

 

私の馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿。

そうだ。

宍戸ん家ってことは先輩の家でもあるに決まってるじゃない。

どうして気付かなかったの?

 

 

 

 

 

(どうして気付かなかったのよ私のバカ!)

 

 

 

 

 

宍戸は動揺を隠しきれていない私に気付かず、玄関へと雨水を含んだスニーカーを踏み入れた。

 

 

 

 

 

「お、亮の彼女!?」

「違えよ、クラスメート。」

「二人でデート?」

「だから違うって!偶然会ったから傘貸してやるだけ!もう兄貴あっち行っとけよ!」

「え〜ヤダ〜。」

「ウゼェ!」

 

 

 

 

 

ドクンドクン。

煩い煩い煩い煩い煩い。

 

 

 

 

 

コ ノ キ モ チ ハ イ ッ タ イ ナ ニ ?

 

 

 

 

 

!?」

 

 

 

 

 

気が付けば私は走り出していた。

何でだろう。 すごく会いたくなかった。

宍戸先輩に、会いたくなんてなかったんだ。

 

 

 

 

 

『宍戸弟をモノにしちゃいなよ!』

 

 

 

 

 

頭の中では何度も朱チンの言葉が繰り返される。

うるさいうるさいうるさい。

何度唱えても消えなくて、結局私は傘も借りずに雨の中びしょ濡れで帰ることになった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

知り合いでもなければ顔見知りでもない。

ただ見たことがあるだけ。

そう、知っていただけ。

 

 

 

 

 

「亮?」

 

 

 

 

 

驚きのあまり開いたドアの向こうを口を開けた状態で見つめている我が弟の名を呼ぶ。

一言で言えば弟は今、放心状態。

正直俺も驚いたけどそれ以上に彼女の表情に驚いた。

 

(あの子はまさか…――)

 

 

 

 

 

「何だ…アイツ。」

「彼女、お前のクラスメート?」

「?、だからさっきそう言っただろうが。」

「名前は?」

 

 

 

 

 

亮は一瞬目を見開いてそのまま手に持っていた行き場のない傘を傘立てに戻した。

俺の記憶が正しければ彼女は確か

 

 

 

 

 

。」

 

 

 

 

 

そうそれだ。

 

いつも俺のことを見ていたあの子だ。

きっと高校時代の俺に好意を寄せていただろうあの子だ。

 

 

 

ある日、気になって後輩に名前を聞いたことがあった。

その時後輩もそんな名前を口にしていた。

亮は腑に落ちない表情をしながら靴を脱いでそのままリビングの奥へと入っていった。

 

 

 

 

 

「兄貴ー。俺先風呂入るぜ。」

 

 

 

 

 

奥から亮の声が響く。

俺は「おー」と気のない返事を返し開きっぱなしたったドアを閉めた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「それはアンタ……やっぱ好きなんじゃない?」

 

 

 

 

 

自分の家より朱チンの家の方が近かったため、急遽飛び入った。

朱チンはまだ帰ってなかったため、おばさんに雨が降ってきたからと言えば風呂を貸してくれて朱チンの服も貸してくれた。

勝手に部屋でこの間読み掛けだった漫画を読みながらゴロゴロしていると、気が付けば外は真っ暗で朱チンも帰ってきていた。

そして今にいたる。

 

 

 

 

 

「誰を?」

「弟。」

「ああ、先輩?」

「弟。」

「…まさか。」

 

 

 

 

 

鼻で笑って漫画をテーブルの上に置いて起き上がる。

朱チンは今日私と別れたあとのいきさつを聞いて満足したようにニヤリと笑った。

 

 

 

 

 

「まさかじゃない。弟に気持ち傾いてなきゃ昔の想い人と会って逃げ出したりしないって。」

「でも!」

「でもじゃない。普通だったら宍戸先輩に会えて喜ぶはずでしょ?少なくとも昔のアンタなら。」

「そ、そうだけど…。」

「何で会いたくないと思ったの?何で逃げ出したの?」

 

 

 

 

 

そんなこと、聞かれたってわかんない。

むしろこっちが聞きたい、知りたいよ。

今日の私は気が付けば逃げ出してた。

私、あんなに会いたがっていたはずの宍戸先輩に会いたくなかったんだ…。

はっきり言葉にするまで気付かなかった。

どうして先輩に会いたくなかったの?

先輩のこと、好きだったはずなのに。

 

 

 

 

 

「もう、忘れたかったから…かな?」

「このまま想ってたってどうせ卒業してしまった相手には叶わない恋だから?」

「そうだと思う。」

「ところがそうでもないわよ。」

「え?」

「だから前に言ったじゃない。」

 

 

 

 

 

朱チンは膝をついて立ち上がると私の肩に手を置いて微笑んだ。

 

 

 

 

 

「宍戸弟を使って宍戸兄との繋がりを作る。」

 

 

 

 

 

ドクン

 

波打つ鼓動に嫌悪感を覚えた。

目を見開いて固まる私を見て満足した朱チンは得意げな笑みを浮かべてベッドに腰を下ろした。

 

 

 

 

 

「それが無理ならアンタは弟に惚れてるんだと自覚しなさい。」

「な、何でそうなるわけ!?」

は先輩が登場することによって今の自分の弟に対する気持ちを邪魔されたくなかった。だから会いたくなかった。違う?」

「別にそういう訳じゃないよ。」

「じゃあ質問する。」

 

 

 

 

 

なかなか認めない私に痺れを切らした朱チンが足を組む。

私を見下すように指差した。

 

 

 

 

 

「兄と弟、どっちが好き?」

 

 

 

 

 

この時、質問に答えることができなかった私。

この勝負はたぶん完全に朱チンの勝ちだったんだと思う。

 

 

 

 

 

『宍戸弟をモノにしちゃいなよ!』

 

 

 

 

 

だけど私は宍戸に対して罪悪感を抱いていたんだ。

あの日の朱チンの言葉を思い出すことによって。

きっと私は宍戸を利用している気がしてならなかったんだ。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

2007.04.23 執筆 2009.09.23 加筆修正