こんなにも切ない気持ち

私はいらない

 

 

 

 

アシンメトリー

    I don't love you. If you were he, I would be happy.

 

 

 

 

必死な君の態度が、私の気持ちを掻き乱す。

 

 

 

 

 

「で?」

「で?じゃなくて、アンタが今からこれやるの。」

「ええ!?」

 

 

 

 

 

差し出されたフォークギターを握ることなく後ろにのけ反る。

宍戸先輩はエレキギターをいじくりながら何かを懸命に調節していた。

あれが俗に言うチューナーという物だろうか。

時折首を傾げては小さく唸っていた。

 

 

 

 

 

「今日はアンタがギターを教えてもらうためにわざわざ呼んだのよ。ちゃんと教わりなさい。」

「な、何を勝手に!」

「うっさい。おとなしく教わっとけ。有無は言わさないわよ。」

 

 

 

 

 

無理矢理フォークギターを持たされ、逃げないようにがっしりと腕を掴まれた。

 

 

 

 

 

「それじゃあちゃん。やろっか。」

「は、はいぃ!!」

「コイツ初心者だから基本からよろしくお願いしますね?」

 

 

 

 

 

何がどうなればこのような状態に陥るのか、思わず肩を落としたくなる。

とりあえず嵌められたとはいえ、せっかくわざわざ来てくれた宍戸先輩の好意を無駄には出来ずおとなしくギターを抱えることにした。

う、重ーい!

 

 

 

 

 

「よし、じゃあまずは…―――」

 

 

 

 

 

宍戸先輩が口を開いた。

その声と被るように屋上のドアがガチャリと開く。

見覚えのあるその姿にここにいる私を含む三人は目を見開いてソイツの足元から頭のてっぺんまで視線を這わせた。

 

 

 

 

 

「お、忍足君!」

 

 

 

 

 

私が咄嗟に名前を呼ぶと忍足君はラケットを持っていない方の手で頬を掻いた。

そう、忍足君はジャージ姿のままここへやって来たのだ。

彼は少し奇妙な面持ちをしていて、私と宍戸先輩を交互に見遣っては苦笑いを浮かべた。

 

 

 

 

 

「何だ侑士じゃねえか。久しぶりだな。」

「…そうやな。ってか自分らこんなところで何してるん?」

「ギター教えてやってんの。何?お前もやりたい?」

「遠慮しとくわ俺今部活中やし。それよりもちょっと借りてもええ?」

 

 

 

 

 

忍足君はちらりと視線を私に向けるとずかずかと私の目の前まで歩いてくる。

いきなり私の名前が出てきて、ぼーっとしていた私は驚きのあまり肩を飛び上がらせた。

え、私? 私に何の用!?

 

 

 

 

 

「おいおい主役連れてってどうすんだよ…。」

「あ、じゃあその間、久しぶりに私とセッションしてくださいよ!まだ部室使えますから機材残ってますよ!」

 

 

 

 

 

呆れた物言いの宍戸先輩を機転をきかせた朱チンが宥める。

すると宍戸先輩は渋々「じゃあそうする?」と承諾し、それを合図のように忍足君が私の手を掴んで歩き出した。

フォークギターを朱チンに返し、遅れを取らないよう半ば小走りに後を追う。

階段を無言で下りてそのあともただひたすら連れて行かれた。

そしてついた場所は

 

 

 

 

 

「部室?」

「入って。」

 

 

 

 

 

促されるがままにテニス部の部室へと入る。

部活中なだけあってさすがに誰もいない。

忍足君がドアを閉めるとすぐに私は壁にたたき付けられ、忍足君と壁に挟まれる形となってしまった。

 

 

 

 

 

「自分ら見てるとほんま腹立ってくるんやけど。」

「!?」

「ほんまいい加減気付いて。」

 

 

 

 

 

忍足君の歪んだ顔が近いのは彼が私の顔のすぐ隣の壁を軽く殴ったから。

 

な、何なの?

どうして私は怒られてるの?

怖い怖い怖い。

助けて。 誰か助けてよ!

 

 

 

 

 

宍戸ッ――――

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

まず手始めの肩慣らしに軽く壁打ちをしていると怒ったような雰囲気を漂わせた岳人がラケットを持って歩いて来た。

今日は何やねんなんて思いながらもコイツをあやすのは俺の役目。

仕方なくラケットを持っている手を止めてボールを掴み、岳人の話を聞く体勢をとった。

 

 

 

 

 

『聞けよ侑士!宍戸がさ!』と事の経緯を懸命に話し出す岳人。

どんなに岳人が説得しても宍戸は首を縦には振らず、ラケットを替えてさっさとコートに帰ってしまったらしい。

その表情は明らか気にしてますってくらい不安げで、気難しい顔やったって。

それを聞いたら何や知らんけど俺はが向かったっていう屋上に足を運んでた。

 

 

 

 

 

屋上では何でかギターを持ったが困った顔して宍戸の兄ちゃんともう一人の女の子と向かい合ってた。

自分でも何でやねんって突っ込みたくなるほど腹が立ってを部室まで連れて行くことになってしまった。

で、今に至る。

 

 

 

 

 

「何でわからんの?いつまで勘違いしてんねんほんっまにイラつくわ。」

 

 

 

 

 

嘘やない。

ほんまに宍戸と見てたら腹立つねん。

針の穴に糸が通らん時みたいに全身が「い〜」ってなる。

自分で自分を自制できへんほど他人の事でこんない感情剥き出しにする俺って一体どないしてもうたんやろか。

らしくないっちゃあらしくない。

むしろ変や。

目の前で俺に怯えるを見たらさらにまた腹の底が煮え繰り返りそうになった。

 

 

 

 

 

「ご、ごめんなさい…!」

「何で謝るん?」

「…え?」

「謝る理由もわからんくせに適当に謝ったりせんといて。それが逆に相手の気を逆なでるてわからんの?」

 

 

 

 

 

自分でも物凄いキツイ物言いやと思う。

そやけど止まらん。

次から次へと出てくる責めの言葉にはもう半泣き状態やった。

 

何や、それすらも気に入らん。

 

 

 

 

 

「あんな、お前がほんまに好きなんは…―――」

「忍足。」

 

 

 

 

 

振り返れば偉そうに腕を組んだ俺様な態度を醸し出した奴。

そう、跡部や。

俺の言葉を見事遮った跡部は消えたままやった部室の電気をつけると俺の前まで歩いてきた。

 

 

 

 

 

「やめとけ。お前がそこまで言う必要はどこにもねえ。」

「わかっとる。」

「だったらさっさと練習に戻れ。サボってんじゃねえよ。監督にチクるぞ。」

 

 

 

 

 

跡部の登場に段々と冷静さを取り戻してきた俺。

何や、何であんなに俺は熱くなっとったんやろ。

ちらりとに視線を向けると跡部という第三者の存在に安心したんか、肩を上下させてゆっくりと息を整えて自身を落ち着かせてた。

 

 

 

 

 

「……。」

 

 

 

 

 

名前を呼ぶと肩を跳ね上がらせ、目を見開いて俺を見上げる。

その反応に少し胸がチクリと痛んだ。

自分がそうさせたゆうのに…――――

 

 

 

 

 

「勘忍な。」

 

 

 

 

 

そう言い残すと俺は二人に背を向けて部室を出て行った。

 

結局、秘めたる内の自分の想いに俺が気付くことはなかった。

それが俺にとっても誰にとっても幸せやと今となって思った。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

まったく

俺様の周りと言っちゃあ不器用で、鈍感な奴らばっかりだ。

見てられねえよ。

 

そうだな。

なかなか交わる気配のない真っすぐな平行線を傾ける手助けくらいならしてやってもいいぜ?

これは所謂貸しだ。

貸しっつーんだからちゃんと将来キッチリ返してもらう。

だってお前達二人は…いつまでもそのままってわけじゃないんだろ?

なあちゃんよ。

 

 

 

 

 

「お前、宍戸の兄貴が好きならしいな。」

 

 

 

 

 

二人きりになってが落ち着いてきたであろうタイミングを見計らってそう言うと、

何故わかったとでも言いたげな表情で俺を見上げた。

若干、俺様相手でも不安げな、困惑した内心が揺れる瞳に映し出されている。

 

大丈夫だっつの。 俺は忍足の奴みたいに馬鹿な真似はしねえよ。

アイツは…自分の気持ちに気付いてなかったみたいだったがな。

人のことに関しては敏感だが自分のことに関しては……ってやつだ。

 

 

 

 

 

「お前さっき、一体誰に助けを求めた?」

「……ッ!」

 

 

 

 

 

まるで心を読まれているようだ。そう表情に書いてある。

何でわかるんだろうと思ってんだろ?答えは簡単。

ああいった状況に人が立たされた時、助けを呼びたくて思い浮かぶ人間と言っちゃあ大体は家族か親友か……好きな奴だ。

そこにコイツは誰を想像したのか。

この顔見りゃ聞くまでもないが一応確認のため聞いておく。

まあ正直に答えるとは思っちゃいないけどな。

 

 

 

 

 

「で、誰って?」

「…誰も。」

「宍戸だろ。」

「なッ違…――――!」

 

 

 

 

 

違わねぇ。 こりゃぁ図星だ。

焦りの色を見せ出すの態度に俺は確信し、これで心おきなくコイツの心を弄り倒すことができる。

直接全てを言わなくとも自分で誰が好きなのかくらいは自覚させてやろう。

それが俺の魂胆だ。

じっと逸らす事なく真っ直ぐにを見つめ続けてやる。

決して目が合うことはなく、俺の一方的な視線にはただ目を泳がせるだけ。

 

 

 

 

 

「ちなみに、あまりにもお前らがもどかしすぎて見てられねえからな。一つだけ教えておいてやる。」

「え?」

 

 

 

 

 

そう。ずっとこんな純愛ごっこ、見せられてる方はたまったもんじゃねえ。

いい加減どうにでもなっちまえと思う。

できればそれはいい方向に…――――――

 

 

 

 

 

「俺達の入学式の日、宍戸の兄貴は学校に来ちゃいねぇよ。」

 

 

 

 

 

これだけ俺様が協力してやったんだ。

いい結果じゃなかったらお前ら二人とも永久にグランド走らせてやるからな。

覚悟しとけよ宍戸、

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

部室に一人になった私の心臓は煩いくらい悲鳴を上げていて、混乱した頭が真っ白なままただ壁にもたれて立ち尽くしている。

忍足君に跡部君が私に言いたかったことがわからないわけではない。

むしろ痛いほど伝わってきた。

 

 

 

 

 

「だからって何で……、」

 

 

 

 

 

いまさら言わなくったっていいじゃん。

そう、みんな今更。

どうして今更なんだろう。

 

いっその事、私なんて放っておいてくれればいい。

なのにどうして私の気持ちを掻き乱すようなことを言うの?

 

 

 

 

 

「だって、だってもし宍戸を…好きだって言っちゃったら…」

 

 

 

 

 

私はそれを形にする自信がない。

 

今の今まで宍戸先輩が好きだった私。

宍戸先輩を好きだった私は確かに存在していて、いつか宍戸を傷つけてしまいそうで。

宍戸が好きだなんてホントいまさらな話だ。

 

 

 

 

 

『俺達の入学式の日、宍戸の兄貴は学校に来ちゃいねぇよ。』

 

 

 

 

 

これを聞いたとき私の心臓は驚くほど冷え切って、まるで死の宣告をされたかのような息苦しさを覚えた。

だってそうでしょ?

跡部君が私に伝えたかったことって……ずっと勘違いしてた。 そういうこと。

本当はあの日、一目惚れすべき人は先輩なんかじゃなかった。

私が本当に好きだったのは…―――――

 

 

 

 

 

?」

 

 

 

 

 

本当に恋してた相手は…―――――

 

 

 

 

 

「し、しど?」

 

 

 

 

 

部室のドアが開いて入って来たのは宍戸だった。

唇を噛み締めて必死に溢れ出そうとする涙を堪える。

いざ宍戸を目の前にすると慌てたり動揺したりなんてしないでただ無性に泣きたくなって、ただ立っていることができなくて。

私はその場に力無くへたり込んだ。

宍戸は慌てて私に駆け寄ると私の目線の高さまでしゃがみ込んだ。

 

 

 

 

 

「跡部が急に部室行けっつーから…何事かと思った。」

「跡部、君…?」

「おう。何言われた?」

 

 

 

 

 

黙り込む。

だって言えるはずがない。

私が本当に好きだったのは貴方のお兄さんではなく貴方だったの、なんて。

それは同時に私が宍戸を好きと認めてしまうことでもあり、それは決して自分にとっていけないこと。

だって私は…まだ自信がない。

 

 

 

 

 

「ま、言いたくないなら無理には聞かねえけど。」

「………うん、ありがと。」

「おう。」

 

 

 

 

 

笑った顔がとっても先輩に似ていて、これじゃ間違っても無理はないな、とか正当化した考えが浮かぶ。

馬鹿。 私の馬鹿。

どうしてあの時間違ったんだろう。

勘違いさえしてなければ二年間もこんな思いしなくてすんだかもしれないのに。

 

 

 

 

 

「そういやお前さ、兄貴と会ってたんだって?今日。」

「!?―――…えっと、……うん会ったよ。」

 

 

 

 

 

頷くと宍戸は「そっか」とだけ呟いて何か思いに耽ったように顔を上げた。

どうして知ってたんだろう。

あ、もしかして……あの時会った向日君が言ったのかもしれない。

私と宍戸先輩が屋上に行ったのを知っているのはテニス部関係者では彼一人だ。

だから忍足君もあそこにきたんだきっと。

 

 

 

 

 

「兄貴のこと、まだ好きなのか?」

 

 

 

 

 

やだ。

言わないで。

聞かないで。

どうして?

やだよ。

そんなこと聞かないで。

私にだって…――――――

 

 

 

 

 

「わかんない。」

 

 

 

 

 

それだけ言うと私はまだ力の入らない足で立ち上がった。

地に足がついてない気分。

ふらふらしていて今すぐにでもぶっ倒れそうなくらいだ。

 

宍戸は何か言いたげに私を見上げると、続いて立ち上がった。

そしてそのまま私の手首を掴む。

ぶつかった視線が、

 

胸を締め付ける。

 

 

 

 

 

「俺、」

 

 

 

 

 

空気が、ないみたい。

 

 

 

 

 

息が続かない。

 

 

 

 

 

苦しい。

 

 

 

 

 

「お前が好きだ。」

 

 

 

 

 

それでも。

 

 

 

 

 

まだ。

 

 

 

 

 

私は。

 

 

 

 

 

先輩が好き…―――――――?

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

2007.05.29 執筆 2009.09.24 加筆修正