こんなにも切ない気持ち
私はいらない
アシンメトリー
I don't love you. If you were he, I would be happy.
好きだなんて言葉。
今のアイツにはただの重荷にすぎなかった。
「……ッ!」
歪む顔。
苦しそうで、何かを必死に堪えているのが目に見えてわかった。
だけど戻らない。
戻れない。
一歩も引けない。
もうすれ違ったままは嫌なんだ。
我慢の、限界。
「入学式、初めて会った時から気になってた。だけどなかなか話す機会もなくて、」
そうだ。
同じクラスになった時は正直言うとちょっと嬉しくて。
だけど跡部や忍足みたいに簡単に話し掛けれるほど俺は素直じゃなくて。
偶然話せた時はすっげえ緊張した。 柄にもねぇ。
激ダサだな。なんて自分に悪態つきながらもやっぱり嬉しくて。
これが好きってことなんだって改めて気付いた。
「でもお前が兄貴しか見てないことくらい、知ってた。」
自惚れじゃないけど俺は結構中学の時から告られたりだってしてた。
そりゃ跡部や忍足なんかとは比べもんにはなんねえけど。
それでもそこらへんにいる一般生徒よりは多い方だと思う。
くだらない、そう思っていた。
相手の気持ちなんてちっとも考えてなくて。
たぶんかなり傷つけた。
傷つきたくないと、二本足で必死に立ち続けている相手をいとも簡単に俺は、
「それによ。兄貴には……彼女が、いる。」
傷つけてきた。
そしてそれは今も変わらず。
自分を護りたくて、傷つけていく。
の肩がびくりと跳ね上がる。
呆然と立ち尽くすを見て、ちくりと傷む胸。
「……そんなの、私には…」
「関係ねえって? 好きなんじゃねえの?」
「わ、私が好きなのは……!!」
右、左、ゆらゆら揺れる瞳に戸惑いがみえる。
好きなのは、誰だよ。
そんなの隠さなくったって痛いほどわかってる。
俺じゃない、兄貴だろ?
いつも思ってた。
何で俺じゃなくて兄貴なんだって。
こんなにも兄貴を羨ましく思ったことは今までに一度もない。
何で、どうやったらコイツの視線の先に存在することができるのか。
俺にはその方法を知ることなんてできっこなかった。
「わかんない……どうすればいいの? ねえ、もうどうしたらいいのかわかんないよ!」
そう言って部室を飛び出ていくの背中を、ただ黙ってじっと見ていた。
追いかけることなんて、しない。 できなかった。
手を伸ばして、振り払われるのが怖かったから。
俺の知らないところで、アイツは何かに悩んでいる。
それを俺が知ることなんてできないし、知ったからといってどうこうしてやれるとも思えない。
だけどこのままってのも嫌で、じれったくて、俺には堪え難いことなのかもしれない。
どうしたらいい?
どうしたらこのもどかしさは消えてくれる?
胸の傷みが…――――
もう限界なんだ。
***
走る走る走る。
走って気持ちをごまかせたらどれだけ気が楽だろう。
逃げて逃げて逃げて。
どこまでなら逃げることを許してくれますか?
「あ、ちゃん!」
「!」
振り返る。
そこにいたのは紛れも無く
「し、しど先輩……。」
今もっとも会ってはいけなかった人。
私が堪えて堪えて堪え続けていた踏ん張りを、一瞬で無意味に変えられる。
そんな存在。
ほら、私はまともに彼の目を見ることすらままならない。
弱いな、とつくづく思う。
宍戸先輩はもう帰ってしまうんだろうか。
肩には鞄がかけられていてそんな雰囲気が漂っていた。
「今日はもう帰るな。いろいろあったみたいだし。」
「……はい。すみませんでした。」
「さっき、侑士が俺んところに来てさ、全部教えてくれた。」
「!」
顔が、上げられない。
だから今先輩がどんな顔してるだとか、全然何もわからない。
忍足君が?
あの部室出て行ったあとに?
うそ、じゃあ私の気持ちがバレて…
「ちゃんは、亮が好きだったんだな。」
優しく、落ち着いた声。
宍戸とは違う、大人びた声。
(何だ、全然違うじゃん…。)
似てると思ってた。
声も、姿も、何もかも。
宍戸はもっと楽しそうで、ぶっきら棒で、たまにキツイこと言ったりして、
だけど優しくて、いつも私と話す時は何かに必死で…
ああ、そうか。
私に対する感情が、違うんだ。
先輩と違うものが、そこには含まれていたんだ。
先輩と宍戸。
ずっと私が見てきたのは………誰?
「アイツさ、馬鹿で、鈍感で……ちょっと照れ屋だけどさ、」
俺の自慢の弟だから、俺が保証する。
「いい奴だよ、亮は。」
先輩の目は真っ直ぐで、笑っていた。
とくん、と波打つ私の心臓。
だけどそれは先輩に対してでないのは確かで、それは私にもわかった。
(じゃあ一体何に?)
たとえば、大好きな人に誰か違う人を紹介される。
そしたらきっと紹介された方はかなり傷つくに違いない。
だってそうでしょ?
そういう場合はほぼ相手に脈がない場合。
つまり自分は恋愛対象に見られてなかったってことだから。
私は今その状況に立たされている。
立たされているはずなのに何故だろう。
悲しくないんだ。
胸は全くと言っていいほど苦しくなくて。
むしろ胸の蟠りがとれて、私は笑ってる。
「……はい、知ってます。」
私がそう言うと、先輩は満足したように頷いて、擦れ違い様に私の頭を軽く撫でて行った。
その時かすかに聞こえた先輩の台詞に、一度だけ、先輩の方を振り返った。
「一度素直に見つめ直してみるのも悪くないと思うけどね、俺は。」
先輩は背中を向けたまま手をヒラヒラと振っていて、
「頑張れ」と言われた気がした。
ねぇ、やっとわかったよ、宍戸。
私わかったんだよ。
私がずっと見てきたのは先輩なんかじゃなかった。
ずっと見てきたのは宍戸、アンタだったんだね。
…なんてちょっと都合よすぎるのかな。
――――――――――――――――――――――――
2007.06.18 執筆 2009.09.24 加筆修正