こんなにも切ない気持ち

私はいらない

 

 

 

 

アシンメトリー

    I don't love you. If you were he, I would be happy.

 

 

 

 

ひらひら桜が舞う頃。

知らずのうちに私はキミと出逢ってたんだ。

ただ、今日まで気付かなかったそれはきっと、気紛れな神様のひょんなイタズラ。

 

 

 

 

 

「この間はすまんかったな。」

 

 

 

 

 

顔を上げると、そこに立っていたのは苦笑いを浮かべた忍足君だった。

どうして今の時間にこんなところにいるのだろうかとぼんやり考えていると、

それを察した忍足君は屋上のフェンスにもたれて座っていた私の隣までやってきて腰を下ろした。

 

 

 

 

 

「どうも今日は授業受ける気分やなくてな。サボってもうた。」

「わー不良だー。」

「それ、自分に言うてんか?」

「あ。」

 

 

 

 

 

私達はあの日以来一度も話したことはなかった。

機会がなかった、ていうのもあったけど実際は避けあっていたと言うのが正しいだろう。

何となく気まずいものがあったから。

それは忍足君に限らず、宍戸にも言えたことだった。

だけど宍戸は同じクラスなだけあって会わないということは難しかったけれど、少なくとも目が合うことはなかった。

だから宍戸が私を見ていたのかどうなのかは知らない。

私は一方的に避け続けていたから。

 

 

 

 

 

「で、どうなん?」

「何が?」

「何がて……宍戸と宍戸の兄ちゃんの話に決まってるやろ。」

 

 

 

 

 

何でそんな普通やねんと溜め息混じりの呆れた声が耳を擦り抜けていった。

別に忘れてたわけじゃないんだけどな、などと思いながらも口に出すのは面倒臭く、そっと心の中で呟く程度におさめておいた。

 

 

 

 

 

「それならもう、答えはあの日に出てるんだよ。」

「……出てるて、え、何が?」

「私が、本当は誰を好きか。」

 

 

 

 

 

それは宍戸先輩に頭を撫でられた時に実感した。

違う、と。

私が好きなのは先輩ではなく、宍戸なのだと。

だけどいまだそれを誰にも言い出せていないのはきっと、私のプライドのせいだろう。

都合のいい女、周りのみんなにそう思われるのを、心の何処かで恐れているんだ。

実際自分でもそう思うし。

 

 

 

 

 

「それは、兄か?弟か?」

「…さあね、どっちでしょう。」

「何やねん、言えよ。勿体ぶんなや。」

「秘密だよ、ヒーミーツー!」

「・・・ずるい女」

 

 

 

 

 

冷ややかな眼差しが向けられる。

だけどそれもすぐにおかしそうに笑う優しいものへと変わり、私の頭を軽く小突いた。

馬鹿だな、私。

もっと早くに気付いていれば、この人を怒らせることだってなかったのに。

ホント、馬鹿だ。

 

 

 

 

 

「ほな、あんな鈍感やめて俺にせぇへん?」

「残念。選択肢にすら入ってないよ。」

「うっわ、自分キッツいわ〜。」

「忍足君の冗談もキッツいわ〜。」

「自分結構はっきり物言うタイプやんな。傷付くわ。」

「あら、ごめんあそばせ。」

 

 

 

 

 

二人、笑いながら空を見上げた。

太陽に雲がかかることはなく、サンサンと輝いて私達を照らし続けた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「しーしどっ!」

 

 

 

 

 

機嫌良く俺の名前を呼ぶコイツはニマニマだらし無く笑いながら俺の席までやってきてはあたりまえのように前の席に座った。

まだ、あの日から一度も話せていないの席に。

 

 

 

 

 

「何の用だよ忍足。」

「元気?」

「元気って言えばどうなんだ?」

「元気やったらええねんけど元気なかったら俺が慰めたろう思てな。遊びにきてん。」

「帰れ。」

 

 

 

 

 

俺は机に突っ伏すと、早くどっか行けと思いながら休み時間のチャイムが鳴るのを待った。

って今休み時間なったばっかなんだからまだ五分以上は余裕であるよな。

はあ、……さっさと帰れよ。 どうせ俺をからかいに来たんだろうが。

あーうぜぇ!

コイツ本当に人の弱みに付け込むのうめぇからなー。

 

 

 

 

 

、今屋上で寝てんで。」

「は?」

「行ったったら?」

「な、んで……てか今さらだろ。」

 

 

 

 

 

伏していた顔を上げるも、忍足の目を見ることができずに窓の外へと視線を移す。

しばらく沈黙になったかと思うと、急に忍足から笑い声が聞こえてきて「アホちゃうか」と馬鹿にした言葉が耳に障った。

 

 

 

 

 

「今行かんといつ行くねんな。」

 

 

 

 

 

そう言ったアイツの顔は、まるで俺の悩みの答えを知っているかのようで。

胡散臭くも力強くて。

思わず俺は舌打ちをして立ち上がる。

忍足の言葉に背中を押されたと思うと少し納得は行かなかったが、

自然と俺の足はのいる屋上へと向かっていて、その足取りは実に軽々しかった。

 

 

 

 

 

屋上の重いドアを開けるとすぐにフェンスにもたれかかったまま寝ているの姿が見えて、俺はそんなに向かって真っ直ぐ足を進めた。

ある一定まで近づくと、人の気配に気付いたのか、の目がうっすらと開いて虚ろな瞳が俺を捕らえた。

思わず息が、止まる。

 

 

 

 

 

「……なーんだ、宍戸か。」

 

 

 

 

 

薄く開かれた口から紡がれた言葉はいたって普通で。

肩に入った力が一気に抜けていくのがわかった。

 

 

 

 

 

「俺で悪かったな。」

「ううん。宍戸でよかった。」

「あ?」

 

 

 

 

 

予想していた言葉とは正反対のものが返ってきたことに一瞬耳を疑った俺は思わず間抜けな声を出して口を閉ざした。

俺で、よかった?

何言ってんだなんて思いながらも若干嬉しいわけで。

俺はその場に突っ立って、柔らかく笑うを見下ろしていた。

 

 

 

 

 

「この間の答え、ちゃんと出たよ。」

 

 

 

 

 

そう言ってはそっと立ち上がった。

そしてスカートについた埃を掃うとそのままフェンスにもたれかかって空を見上げて笑った。

 

 

 

 

 

「私、いろんな人にたくさん言われた。」

 

 

 

 

 

自分で気づけないなんて情けないよね、などと言いながら顔を歪める。

の背中に当たるフェンスがかすかに音を鳴らした。

 

そんな顔を、してほしいわけではなかったのに。

俺は、俺は…ただ、

 

 

 

 

 

握り締める拳に食い込んだそれほど伸びていない爪が、痛い。

 

 

 

 

 

「みんな私の気持ち知ってるくせにずかずか言うんだから酷いよね。」

「…アイツら遠慮って言葉を知らねえからな。」

「躾がなってないなー宍戸!」

「俺が飼い主かよ。ってかいらねぇよ、あんな奴ら。」

「はは、それもそうか。」

 

 

 

 

 

かすかに吹く風に揺られるの髪の襟足。

隣に並ぶ俺まで香るシャンプーの香り。

 

全てにドキドキする。

初めは別にそれほど意識するほどでもなかったのに。

何で、いつから俺はコイツのことをこんなにも好きになっていたんだろうか。

 

 

 

 

 

「でもそこまでしないと気づかない私もダメな人間だね、本当。」

 

 

 

 

 

目を見て、儚げに呟く台詞にチクリと胸が痛む。

まるでこの二年間を全て後悔しているかのようなその口調。

 

……そんなこと、ねえよ。

ちっとも無駄じゃねえ。

この二年間は俺にとってもにとってもきっと、かけがえのない大切な時間。

片思いという、大切な経験がつまった貴重な時間だった。

 

 

 

 

 

「ふ、……ッあれ?おかしっ…なあ……。」

?」

「……泣く、つもり……なかったのに……。」

 

 

 

 

 

その場にしゃがみ込んで両手で顔を覆い、泣き始めたを見下ろすと俺は唇を噛んだ。

こういう時にはどうしたらいいのだろうか。

そればかりが頭を支配していて行動に移すことができないでいる。

 

俺は馬鹿だ。

だからこうすればいいとか、こうしなきゃいけないとか、そんなのちっともわかんねえ。

跡部とか忍足ならこういう時はどうするべきかちゃんとわかってんだろうけど……

 

俺はアイツらとは違う。

真似をする必要なんてねえ。

俺には、俺のやり方がある。

 

 

 

 

 

「なあ、。」

「!、…ッ。」

「俺は…」

 

 

 

 

 

お前が好きなんだ。

 

 

 

 

 

もう一度、何度だって言う。

 

この弱すぎる風に掻き消されたって、何度でも。

 

ずっと叶わないと思っていたこの想いも、今なら届きそうな気がして。

 

逃すわけにはいかなくて。

 

何度だって、俺は言う。

 

 

 

 

 

「お前が好きだ、ずっと。」

 

 

 

 

 

二年前、桜が舞うこの季節に、俺たちは出会った。

 

 

 

 

 

入学式なんてつまんねえとばかり思ってた俺は初めからサボるつもりで木の上で寝ていた。

時折、手に持っていたボールを転がしては欠伸をひとつ零す。

早く部活に入ってテニスがしたいと、そのことで頭がいっぱいだった俺の前に、

半泣き状態のお前が現れたんだ。

 

 

 

 

 

『体育館はそっちじゃなくて左だぜ。』

『え!?』

 

 

 

 

 

声をかけなければ、何もなかった。

でも声をかけざるをえなかった。

 

俺は、桜の木の下で困っているお前を放っておくことがどうしてもできなかったんだ。

 

 

 

 

 

『…テニスボール?』

『それ俺の。悪ぃな。投げてくれ。』

『あ、えっと…はい!』

『サンキュ。』

 

 

 

 

 

俺の存在に気づかないお前。

もどかしくて、その気持ちをどうにかしたくて手元にあったテニスボールを頭の上に落としてやった。

返ってきたテニスボールを持つ手が、震えていた。

 

 

 

 

 

『あ、ありがとうございました!』

『そこ真っ直ぐ行って左に曲がると看板立ってっからわかると思う。』

『はいわかりました!親切にありがとうございます!では!』

『おー。』

 

 

 

 

 

そう言って笑ったお前の顔が、

 

今でも俺の心の中を支配しているだなんて、

 

誰が知っていただろう。

 

 

 

 

 

この時からもう、俺はお前に惚れていたんだと思う。

 

ただ、気づいたのが遅かっただけ。

 

 

 

 

 

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2007.07.02 執筆 2009.09.25 加筆修正