さよならソングは涙色 10
今もまだ好きだよ 好きなんだ 君が、好き
君が隣にいない事が こんなにも切ないなら
二人出逢わなければ 何度も思っては俯いて
いつだって目を閉じ浮かぶのは 君の笑顔と優しい手のひら
“前を向かなきゃ” わかっているけど
やっぱり君といたあの日々は消したくない 忘れられなくて
矛盾した想いに足をとられ 今もまだコノ場所から動けない
誰も居ない隣 今ではもう当たり前の毎日で
君の面影を思い出すたび 高鳴る鼓動
優しい口付け 初めて重なったあの日
目が合った瞬間 照れたようにお互い笑ったね
そんな儚い想い出 背負っているのは僕だけなのかな
君はもう新しい道を歩んで 僕じゃない誰かの隣で笑っているの?
嫌だよ いやだ
君のために流す涙 枯れ果てその意味も忘れた
名前も何も知らなかったあの頃
何も知らずに笑えたあの頃
戻れたのなら どれほど幸せなんだろう
叶わない願い 何度願ったって君はもうここに居ない
たとえ君が僕のモノでなくったって 僕はまだ…
「君が好き。」
零れる溜め息。
この歌が止むことは、まだない。
「んげっ、今日もいる…。」
ここ数日間、奴は居る。
駅のホーム、例の奴がいた。
「はあ、面倒くさ。」
例の電車でのナンパ男(命名丸井ブン太)がここ三日間、駅のホームにいた。 しかもずっとキョロキョロしながら。
絡まれるのが面倒なので一応気づかれないように通り過ぎて別の車両に乗るんだけど、
どうも気付かれちゃってるのか、チラチラこっちの様子を窺ってくるから鬱陶しい。
いやね、被害妄想とか自信過剰とかそんな域を超えた見方なんだって。
モロこっち見てるんだって。 どうせならもっと自然にしてほしいってくらい。
私だってそんな風に思いたくないやい。 でも思わざるをえないんだって。
(………はあ、疲れる。)
零れるのは溜め息ばっかり。
どうして電車内でこんなにも身構えなくちゃなんないんだ。
あーイライラする。 人いっぱいで椅子に座れないから更にイライラする。
「あーくそっ最近良い事まったくない!」
家に帰って大の字で寝転がる。
本当にここ三日くらい良い事なんてこれっぽっちもない。 悲しいくらいない。
特に今日なんて最悪だった。
寝坊するわ、授業には遅刻するわ、提出物忘れるわ、お弁当ひっくり返すわ…
あーもう全部あのナンパ男のせいだ! 八つ当たりだけど…!!
「わっとととと…、」
突然ブーブーとバイブが鳴り響く。
起き上がるのが面倒だったのでそのままの体勢で手を伸ばし携帯を掴む。
ディスプレイ表示を見ると、丸井ブン太の文字。
慌てて起き上がって通話ボタンを押し、携帯を耳に当てた。
「も、もしもし?」
『お前、さっき電話したのに出なかっただろぃ。』
「え、そうなの? …ごめん、気付かなかった。」
『気付けバカ。 何してたん?』
「…んー、ちょっと…」
『ん?』
「…うん、ちょっとイライラしてた。」
『イライラ?』
そういやつい数十秒前までイライラしてた事を思い出す。
電話出た途端忘れてた。 私ってなんて単純…。
『何かあった?』
ちょっと低くなった声。
真剣に話を聞いてくれるんだってわかったけど、私は言葉に詰まった。
よくよく考えたら一つ一つつまらない事で、本当に些細な事で、別に真剣に話すような事でもないかなって。
言ってそんな事でイライラしてんのかよって思われるのが嫌で、私は誤魔化すように笑った。
「ははは別に、大したことじゃないんだ。 ちょっと今日は気分が優れないだけ。 大丈夫気にしないで。」
『そーか? 本当に大丈夫なわけ?』
「うん、小さい事が積み重なって、イライラしてただけだから…。 うん、大丈夫大丈夫。」
『そっか、まあ何かあったらいつでも話聞いてやるし、言えよ。』
「うんありがとう大丈夫だよ。」
自然と口元が綻ぶ。
その気遣った優しさが今はすごく嬉しくて。 ちょっとだけ涙が出そうになった。
「それにさー、一人で考え事してたらさ、イライラって治まらないじゃん?」
『そんなもん?』
「私ネガティブ思考だから…一人で考え事してたらどんどんどんどん考えが悪い方へ行って更にテンション下がるんだ。」
『ぷっ、お前ネガティブ思考なん? 意外だな。』
「そう?」
『おう、細かいこと気にしないタイプかと思ってた。』
「どうでもいい事ほどよく考えちゃうよ。」
『マジで? ホント意外だな、面白ぇー。 人って見掛けに寄らねぇって言うけど、ホントだな。』
何故か笑う度、胸が温かい。
一人でイライラしていた頭が、スーッとなっていくのがわかる。
抱え込んでたモヤモヤが、胸の内からどんどん消え去っていく感じがした。
「……うん、でも、もう大丈夫。 イライラ治まった。」
『治まった? そりゃ良かったな。 俺のおかげ?』
「自分で言うな。 せっかく丸井君のおかげだよって言ってあげようって思ったのに言う気失せた。」
『はあ、何でだよ。 いいじゃん俺のおかげなんだろぃ。』
「やっぱ違う。」
『ったく、素直じゃねぇな。』
「ふんっ。」
電話越しで丸井ブン太がフッと笑う。
私も釣られてちょっとだけ笑った。
『あ、そういえばさ。』
「何?」
『もう何ともない?』
「え、何が?」
『前に言ってたナンパ男。』
一瞬、息が詰まる。
ビックリして、理解していたのにもう一回聞き返してしまった。
『いやだから、もうあれから声かけられたりしてないかって。』
「…………、」
『……え、マジ? されてんの?』
ちょっとだけ驚いた声色の返事が耳に響く。
私は黙ったまま、一度だけ息を吸って、ゆっくり吐いた。
「大丈夫、ただ、あの日から毎日ホームで会って見られてるだけ。 一応避けてるし、声も掛けられてないし…、」
また、思い出して涙が溢れてくる。
別に何もされてないから、気持ち悪いって気持ちはあるけど、怖いとかそんな感情はない。
ただ疲れてる身体と精神に、追い討ちを掛けているだけ。
「へへ、大丈夫だよ。」
『…………。』
乾いた笑いが零れる。
電話越しの丸井ブン太は、ちょっとの間、無言だった。
『もし、耐えられなくなったら俺に言って。』
「え?」
『俺の女だから手出すなって言ってやるから。 そしたら向こうも諦めんだろぃ。』
息が詰まって、思わず耳を疑った。
本気? 何、その漫画みたいな台詞…。
『な、いい案だと思わねぇ?』
「…いや、いいよ。 大丈夫だから。」
『何でだよ。 言ってやんのに。』
「バカ、いいってば。」
『はあ? んだよ、せっかくいい案思いついたのに。』
顔が引き攣る。
零れるのは、さっきとはまた違った意味の乾いた笑い。
そんな私の反応に、丸井ブン太が電話越しに拗ねているのがわかった。
でも、いや、気持ちは嬉しいんだけど何て言うか……………何でそうなる。
「うん、まあ、そういうことで…もう寝るよ。」
『はあ? 早くねぇ?』
「今日はかなり疲れてんの。 元気を取り戻す為にも早く寝る。」
『……じゃあ明日ちゃんとメール送れよ。』
「誰に?」
『俺に!』
「ぷっ、そんなムキにならなくても……覚えてたらね。」
『覚えてる。 は偉いからちゃんと覚えてる。』
「…さあ、どうだか。」
笑えば、丸井ブン太に『俺は本気で言ってんの。』って怒られた。
『あと、お前いつも見かけるのにさ。 俺の事無視してね?』
「は? 失礼だね、してないよ。 ていうかそんなに丸井君見かけないよ?」
『んーアホ面で歩いてっからやっぱ気付いてねぇだけなんか。』
「え、私アホ面で歩いてる? 口開いてる?」
『うん、たまに。 やっぱ意識どっか飛ばしながら歩いてたんだな。 ちゃんと意識して歩け。』
「…一応意識はしてるんだけど…気が付いたら上の空なんだよね。 えへへ。」
『じゃあ明日からちゃんと声掛けてやるからお前無視すんなよ。』
「へいへーい。」
そう言って、お互い「おやすみ」って言って電話を切った。
時刻はまだ、十時過ぎ。 珍しく私は深い眠りについた。
いつしか君との些細な時間が、私にとって大切な時間になっていた。
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2009.02.12 執筆 サンキュウ・クラップ!
(いつの間にか、君からの連絡を待っている自分がどこかに居たの。)