さよならソングは涙色 16
今もまだ好きだよ 好きなんだ 君が、好き
君が隣にいない事が こんなにも切ないなら
二人出逢わなければ 何度も思っては俯いて
いつだって目を閉じ浮かぶのは 君の笑顔と優しい手のひら
“前を向かなきゃ” わかっているけど
やっぱり君といたあの日々は消したくない 忘れられなくて
矛盾した想いに足をとられ 今もまだコノ場所から動けない
誰も居ない隣 今ではもう当たり前の毎日で
君の面影を思い出すたび 高鳴る鼓動
優しい口付け 初めて重なったあの日
目が合った瞬間 照れたようにお互い笑ったね
そんな儚い想い出 背負っているのは僕だけなのかな
君はもう新しい道を歩んで 僕じゃない誰かの隣で笑っているの?
嫌だよ いやだ
君のために流す涙 枯れ果てその意味も忘れた
名前も何も知らなかったあの頃
何も知らずに笑えたあの頃
戻れたのなら どれほど幸せなんだろう
叶わない願い 何度願ったって君はもうここに居ない
たとえ君が僕のモノでなくったって 僕はまだ…
「君が好き、でいたいの。」
歌う度に響く、心の傷。 まだ残ってる、心の傷。
君が残していった、唯一の忘れ物。
さあ、何分経っただろう。
カフェを出て、どれくらい歩いただろう。
「だーかーらー、何食いたいんだよ。」
「何でもいいよ、あんまお腹空いてないし。 わかんない。」
「ったく、は優柔不断だな。」
「そりゃすみませんでしたね。」
ふんっと鼻息を出して辺りを見回す。
パスタ、カレー、焼肉、お好み焼き、うどん、ラーメン、ピザ…
いっぱいあるけど、どれもお腹にどっしり来そうでどうも食欲が沸かない。
「んじゃ、ラーメンは?」
「ラーメンあんまり好きくない。」
「はあ、ラーメン好きじゃねぇの!? あっりえねぇ! んーとじゃあ…あそこ、寿司。」
「回転寿司はちょっとなー…」
「おいコラ、結局何でもよくねぇじゃねぇか。 我が侭だなお前。」
「うっ、ラーメンと寿司以外!」
「じゃ、そこ。」
「丼はダメー!」
「だったら何がいいんだよ自分で決めろぃ!」
「きゃーごめんなさいっ!」
首根っこを掴まれそうになって逃げる。 が、反応が遅かったので捕まった。 痛いよう。
すると、前からやって来た紫色のタンクトップを着た外国人に「ヒュウ」とご機嫌な口笛を吹かれた。 え、何?
「ぷっ、見てみてあの人タンクトップ一枚だよ丸井君。 変なの。」
「アホ声でけぇよ。」
「痛っ!」
「もしさっきの人が怒って襲ってきたらお前置いて俺一人で逃げるからな。」
「えーそこは守ってくれるところでしょ!?」
「いーや、知らん。 頑張れファイト。」
「酷い、女の子楯に逃げるなんて…男の風上にも置けん奴だな。」
「うっせーよ。」
角を曲がり、坂を下りる。
少しでも食べたいと思えるものが何かないかキョロキョロ探しながら歩いてみるけど、どうも見つからない。
ガムを膨らませながら、丸井ブン太も私と同じようにして隣を歩いていた。
「お、ここは? オムライスなんてどう?」
「オムライス…好き。」
「んじゃもうここでいいじゃん。 はい決まり。」
「あ、ちょっ待ってよ。」
「いらっしゃいませー。」
自動ドアが開いて先に丸井ブン太が入って行く。
店員が声を揃えて挨拶をしたのに対し、「いらっしゃいましたー。」と小さく呟いたのを私は聞き逃さなかったぞ。
何だ、いらっしゃいましたって。 君は何様なんだ。
「ほら、お前奥座れ。」
「え、あ、うん。」
壁際のソファーへと誘導され、素直にそれに従って腰を下ろす。
丸井ブン太も向かいの椅子に腰を下ろした。
「何食う?」
「うーん、食欲ないからなー。 何しよう。」
「ちゃんと食えよ、お前痩せすぎだから。」
「え、いや、太ってますけど。」
「いーや痩せすぎ。 食え。」
「うーでも食欲が…」
「それでも食え。」
メニューと睨めっこしながらお腹を擦る。 うん、やっぱり痩せすぎなんてありえない。 ちゃんと肉は乗っている。
しかしここ最近、誰よりも早い一足先の夏バテも便乗して、食欲が極度に減少していた。
でも何も食べないってなると、相手が逆に気まずくなるから何かは絶対に食べなきゃ。
そうは思ってもなかなか胃が言うことを聞いてくれない。 どうしたもんか。
「まさかの水だけとかはナシな。」
「それはわかってるよ。 …うん、じゃあサラダ。」
「だけ!?」
「うん、本当はオムライス食べたいんだけどね。 胃が拒否してて食べれないの。」
「ったく、それ以上痩せたらどーすんだよ。」
「え、嬉しい。」
「喜ぶなバカ。」
お腹の周りの肉を君は知らないからそんな事が言えるんだ。
別にお世辞言われたって嬉しくないやい。
服を脱いだら肉、肉、肉、なんだから。 着痩せしてるだけなんだから。
むーっと膨れていると、丸井ブン太も注文が決まったのか、少し後ろを向いて店員を呼んだ。
「ご注文の方はいかがなさいますか?」
「んっと、このサラダ一つと、オムライス一つ。」
「以上で宜しいでしょうか?」
「とりあえずはそれで。」
「はい、かしこまりました。」
店員とのやり取りをじっと見つめていると、丸井ブン太って案外気が利く奴なんだってことに気が付く。
そーいや、映画館探してる時も映画のチケット買う時も、今も…。 デート慣れしてるからかな。
私の中でちょっとだけ、彼のお株が上がった。 調子乗りそうだから言ってやんないけど。
「お、見てみろよ、これ!」
「ん、………っ、何これー! すごーい!」
「だろぃ!? やべぇなコレ!」
「うんうんスゴイスゴイっ! 何コレいいなー! 食べたい食べたい!!」
目をキラキラさせて見せられたのは、メニューの一番後ろに載っていた“ケーキホール塔”だった。
まるごとホールケーキが段々に積み重なって八段くらいの高さになったやつ。
イチゴやキウイなどのいろんなフルーツやチョコやクリームがデコリングされている。 可愛くてリアルに美味しそうだ。
メニューを見つめて可愛い可愛い言いながら私もぱあっと目を輝かせた。
十人くらいでお楽しみください…か。 今日は無理そうだ。 だって二人だぞ。
「ねねっ今度いろんな人誘って行こーよ!」
「そーだな、杏璃とか誘って行くか。 あと仁王とかその辺誘えば十人くらいになんだろぃ。
いや、十人じゃなくても俺がいりゃ余裕だけどな。 楽勝だぜ。」
「じゃーさじゃーさ、これ写メって杏璃に送くるっ。」
「おう、そーしろそーしろ。」
「わーい楽しみだなー!」
途端に胸が躍って気分はわくわく。 よーし、テンション上がってきたぞー!
携帯を取り出してカメラ起動。 そしてメニューの写真を写メる。
カシャッと音が鳴れば綺麗に撮影できました。 よーしよーし、これを送って…。
「…何笑ってんの?」
「いや、別に?」
送信完了の表示が出たので携帯から顔を上げると、片手で頬杖を吐いた丸井ブン太と目が合った。
その口元は薄っすら笑っていて、私が理由を尋ねると彼の表情は更に笑みを増した。
……何か、子どもを見守る親みたいな顔された。
「ん、返事返って来たー!」
「俺には未だに返して来ねぇくせに。 アイツ明日シメてやる。」
「見てみて丸井君っ! “美味しそう!わーい楽しみぃハート”、だって!」
「よかったな。 後で仁王にも言っといてやるよ。」
「うん! わーそれにしてもホント楽しみだなあ。 “私も楽しみだよハート”って送ってあげよ!
普段ハートなんて付けないくせに杏璃も女の子なんだなー可愛いなー。」
ねっ、て首を傾けて同意を求めると、丸井ブン太は頬杖をついたままの体勢で
「俺はお前のその姿見てるほうが…面白い。」
って言った。 表情は、さっきと同じ、微笑ましい表情で。
……ん、面白い? 面白いの?
「面白いの?」
「うん、面白い。」
「どこが。」
「別に。」
「何だソレ。」って言ってやろうとした丁度その時、
「お待たせいたしましたー。」と言って店員がにこやかにオムライスとサラダを運んできた。
私の前にサラダ、丸井ブン太の前にオムライスが置かれる。
「ご注文は以上で宜しいでしょうか。」という店員に頷いて見せれば、店員は「ごゆっくり。」と行って立ち去った。
「いただきまーす。」
「おー卵ふわふわ。」
「私オムライスの卵は絶対に半熟で、ご飯と卵が絡まってるところが大好き。」
「聞いてねぇよ。」
「聞いてちょうだいな。」
「ったく、ほら口開けろ。 あーん。」
「え、食べていいの?」
「卵とご飯が絡まってるところが好きなんだろぃ。 希望通りちゃんと絡まってんぞ。」
「わーい、やったね。 食べる!」
差し出されたスプーンをぱくりと口に含む。
途端に広がる卵とご飯のハーモニー。 お腹は空いてないけど、口の中で思う存分味を堪能してやった。
やっぱりオムライスって美味しいなーって思いながらフォークでサラダを突く。
そして赤ピーマンと黄ピーマンを器用に突き刺して丸井ブン太へと向けた。
「はいアーン。」
「ピーマンばっかじゃねぇか。」
「好きじゃないの。 食べて。」
「お前はガキか。」
「あ、ちょっと待って。 ニンジンも食べてね。」
「……コラ。」
フォークを引っ込めてニンジンも突き刺す。
呆れ顔の丸井ブン太に再びフォークを差し出した。
「……ったく。」
観念したのか。 口を開けてぱくり。
私の嫌いな物を全て食らった。 ありがたやありがたや。
「お味は如何ですか?」
「ニンジンの味の勝ち。」
「ほう、そうですか。 ありがとうございました。」
ぺろりと唇を舐めて、丸井ブン太は再びスプーンを手に取った。
「好き嫌いの多い奴。」って笑いながら彼はグリンピースを少しだけ避けていた。 変なの。
だけど本当はね、嫌いな物が多いわけじゃないんだよ。
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2009.02.15 執筆 サンキュウ・クラップ!
(あまり好きという感情を抱かない、だけ。)