さよならソングは涙色 17

 

 

 

 

今もまだ好きだよ 好きなんだ 君が、好き

 

君が隣にいない事が こんなにも切ないなら

二人出逢わなければ 何度も思っては俯いて

いつだって目を閉じ浮かぶのは 君の笑顔と優しい手のひら

“前を向かなきゃ” わかっているけど

やっぱり君といたあの日々は消したくない 忘れられなくて

矛盾した想いに足をとられ 今もまだコノ場所から動けない

 

誰も居ない隣 今ではもう当たり前の毎日で

君の面影を思い出すたび 高鳴る鼓動

優しい口付け 初めて重なったあの日

目が合った瞬間 照れたようにお互い笑ったね

そんな儚い想い出 背負っているのは僕だけなのかな

君はもう新しい道を歩んで 僕じゃない誰かの隣で笑っているの?

 

嫌だよ いやだ

君のために流す涙 枯れ果てその意味も忘れた

名前も何も知らなかったあの頃

何も知らずに笑えたあの頃

戻れたのなら どれほど幸せなんだろう

 

叶わない願い 何度願ったって君はもうここに居ない

たとえ君が僕のモノでなくったって 僕はまだ…

 

 

 

「君が好き、です。」

 

 

 

言えなかった後悔と、言ってくれなかった切なさ。

どちらが勇気を出せば、全てがうまく行っていたのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーさすが、狭いね。」

「だな。」

 

 

 

外見も小さければやはり中も小さい。 そして少し冷房が効きすぎているように思うのは私だけだろうか。

レイトって事もあり、客も半分くらいしかいなくて、私達は一番後ろの席へと向かった。

前の席ではギャル系のカップルが小さな声で談笑していた。 いいなー何かラブラブだ。

 

 

 

「んー、さっそくだけど眠い…。」

「寝んなよ。」

「うん、ガム噛んで耐える。」

「一個ちょーだい。」

「…はいどーぞ。」

 

 

 

鞄から取り出した今お気に入りのガムを一つ口に含む。 あー生き返るわ。

手を差し出した丸井ブン太にも一つあげると、風船ガムでもないのに器用にも風船を膨らませていた。

すごい。 ん、もともと噛んでたガムに混ぜたのか…? あんな小さいガムでそんなでかいの作れるわけがない。

 

 

 

「あ、始まった。」

 

 

 

私の声を最後に、二人は無言でスクリーンに視線を向ける。

大きな音と共に始まった映画予告。 CM。 どうでもいいから早く本編始まって欲しい。

うつらうつらしながらそれらを見ていると、突然隣の人に頬を指で弾かれた。

 

 

 

(…何するんだ。)

 

 

 

そう思って横目で彼を見ると、彼は小さな声で「お前目が死んでる。」と言った。 失礼な。

再び前を向くと、ちょうど映画予告も終わり、待ちに待った本編が始まろうとしていた。

少しだけ胸が躍る。 わくわくわくわく。 わくわくわくわく。

これが見たいと言ったのは私であるように、結構楽しみにしていたのだから、眠気もちょっとだけ引っ込んだ。

 

 

 

じーーーーーーーーーーーーっと食い入るようにスクリーンに映るイケメンを見つめる。 カッコイイ。

ああ、やはりカッコイイ。 スクリーンが大きい分、俳優のアップはさらにイケイケ度が増している。

そう思ったのとほぼ同時だったと思う。

 

 

 

(………?)

 

 

 

座席のサイドに置いていた私の手の上にもう一つの手が被さった。

大きくて、ゴツゴツしていて、温かい。 どっきんどっきん。 ちょこっとだけ高鳴る心臓。

まさかまさかとは思うけど、確認しなくても私の隣は彼なワケで。

彼じゃなければこの手は誰の手なんだって新たな疑問が沸いて出てきちゃうワケで。

ここは無難に彼、丸井ブン太の手であると思った方が可能性は大きいだろう。

 

 

 

(……何が、したいの?)

 

 

 

繋ぐわけでもない手。

滑るように私の手の甲を、指の間を、爪を、握ったり撫でたり触ったり…。

ただ、愛おしそうに彼の指が私の手に触れている。 何だかすごくくすぐったくて、そっちを向けない。

 

 

 

「…………、」

 

 

 

とりあえず気にする素振りを見せずにスクリーンを見つめ続けるけど、声が言葉が頭に入ってこなかった。

あれ、今この人何て言ったの? あれ、さっきまでいたのにあの人がいない…!

話についていけず、ストーリーを把握するのにやや時間がかかった。 何とか理解できてきたけど…。

 

すると、私の手を撫でていた彼の手が、ふっと離れる。

おや、と思ったのも束の間。 彼の手が今度は私の太腿に触れた。

 

 

 

(っ!?)

 

 

 

何事だと思って勢いで彼へと振り向く。

彼はというと、座席の背もたれに全体重をかけてダルそうに身体を傾け、上目遣いでコチラをじっと見つめていた。

画面、画面を見なさいよ! そう思ったけど、言葉が喉を通らない。 つまり声が出せなかった。

原因はそう、彼の手。 私の太腿をそっと撫でている彼の手が、そうさせた。

 

 

 

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」

 

 

 

このまま見詰め合っているとどうにかなってしまいそうだったので思わず視線をスクリーンへと戻す。

ま、また、話が飛んでしまっている…。 ちょっとショックを受けながらも、状況把握するため、頭を働かせることに集中。

彼の手の動きにはとりあえず意識がいかないように努める事にした。 無視、無視。 今は映画を観ているんだ私は。

だけど、気になるのは彼の視線。 明らかにスクリーンではなく、私の方を向いている。

テンパる私の頭に浮かんでくる疑問はただ一つだった。

何故、彼は映画を観ない。 何故、そんなに私を見つめる。

 

 

 

(………………。)

 

 

 

私が映画に集中している間、ずっと彼の手が私に触れていた。

いつまでそうしていたのかわからない。

けど、たぶん上映時間の半分くらいが過ぎた時だったと思う。

 

 

 

(あ、)

 

 

 

彼の手が、遠い方の私の頬に触れる。

包み込むように、そっと触れる。 大きくて、温かい彼の手。

滑るように優しく撫でられて、くすぐったい。 ちょっとだけ顔を顰めると

 

 

 

目の前が真っ暗になって、

彼以外、何も見えなくなってしまった。

 

 

 

柔らかい、感触。

触れるだけの、キス。

 

 

 

頬に添えられたままの手が、優しく頬を撫でた。

 

 

 

(…………、は?)

 

 

 

目は見開かれて。 一瞬何が起きたのか、わからなくて。

元の体勢に座りなおした彼の方を向く事もできなくて。

ただ、スクリーンに映る映像を流れるように見つめているだけ。

 

 

 

(え?)

 

 

 

杏璃が言った言葉が、止まった頭を刺激する。

友達、だよね? 私達、友達、なんだよね?

いくら頭の中で問いかけたって誰も返事を返してはくれない。 当たり前のことだけど。

 

無反応な私に気づいたのか、再び丸井ブン太の手が私の頬へと伸びる。

その手は遠い方の頬に触れ、ぐいっと私の顔を自分の方へと向き直らせた。 そっと、頬から手が離れる。

視界は再び、彼のお顔を映し出す。 じっと私を見つめる、無表情。

 

 

 

「………っ、」

 

 

 

見ていられなくて、顔を背けて再びスクリーンへ。

ああ、もう何なの!? 映画観たいのに!

もう、内容も何もわかったもんじゃない。 話なんて、今更わかんないよバカ。

とりあえずもう一度映画に集中して、ちょっとだけ冷静になろうとした、その時だった。

 

 

 

再び視界が暗くなる。

映るのは、スクリーンじゃない、彼の顔。

 

反射的にそっと目を閉じて、再び感じるのは彼の唇の感触。 柔らかい。

さっきより長くて、ちょっとだけ息が止まるかと思った。

 

 

 

「……画面、見えないんですけど。」

 

 

 

唇が離れて、彼と目が合った途端、口が勝手にそう言っていた。 うわあ、何だそれ。

自分の発言にちょっとゲンナリしていると、丸井ブン太はフッと笑って「あっそ。」と言った。

そして自分の座席にちゃんと座る。 視界は再び明るいスクリーンを映し出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

再び私の手に触れるその手の感触が、泣きたいくらい優しすぎて。

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2009.02.16 執筆  サンキュウ・クラップ!

(この時の事を今思い出しても、この時と同じくらい胸が高鳴るんだ。)