さよならソングは涙色 18
今もまだ好きだよ 好きなんだ 君が、好き
君が隣にいない事が こんなにも切ないなら
二人出逢わなければ 何度も思っては俯いて
いつだって目を閉じ浮かぶのは 君の笑顔と優しい手のひら
“前を向かなきゃ” わかっているけど
やっぱり君といたあの日々は消したくない 忘れられなくて
矛盾した想いに足をとられ 今もまだコノ場所から動けない
誰も居ない隣 今ではもう当たり前の毎日で
君の面影を思い出すたび 高鳴る鼓動
優しい口付け 初めて重なったあの日
目が合った瞬間 照れたようにお互い笑ったね
そんな儚い想い出 背負っているのは僕だけなのかな
君はもう新しい道を歩んで 僕じゃない誰かの隣で笑っているの?
嫌だよ いやだ
君のために流す涙 枯れ果てその意味も忘れた
名前も何も知らなかったあの頃
何も知らずに笑えたあの頃
戻れたのなら どれほど幸せなんだろう
叶わない願い 何度願ったって君はもうここに居ない
たとえ君が僕のモノでなくったって 僕はまだ…
「君が好き、なんだよ。」
薄れていく君の面影。
追いかけて、でも届かなくて。
映画も終わって、二人、夜の少し生温かい風が漂う街に出る。
私がさっきから口にする言葉といえば
「痛い〜!」
これのみ。
何処が痛いかって、それはお尻。 同じ体勢でずっと座っていたのが原因。
感覚が麻痺するほど、痛い。 ちょっとこれはないんじゃってくらい、激痛が私を襲った。
「ダッサ。」
「痛い痛い痛い痛い! 座ってるときから若干痛かったけど、まさかここまでとはっ……!」
バカにしたようにハッと笑ってガムを噛む丸井ブン太。 言い返せないから悔しい。
確かにちょっと前屈みになったまま歩く姿はバカでしかない。 認めるけど、悔しい。
それに、本当ならここで、映画の話で盛り上がるのが普通なのだけれど、
生憎、後半の内容なんて、これっぽっちも覚えてない。 原因はまあ、アレしかないけど。
面白かったのか、感動的だったのか。 何にもわからないから話しようがない。
「う〜。」
「ほら、鞄持ってやるから。」
「あ、」
痛さのあまり唸り始めると、丸井ブン太は苦笑いしながら私の鞄を持ってくれた。
ちょっと身体が軽くなったけど、お尻が痛いのは相変わらずだった。
「ありがとう。 丸井君は痛くないの?」
「え、別に…。 俺はと違ってバカじゃないから痛くなんてならねぇよ。」
「……あっそ。」
ガムをぷーっと膨らませ、夜空の下、歩道を歩く。
まだまだ都会の夜は長いので、道路では車も結構行き交っていた。 さすがだなあ。
そんなことを考えながらふら付く足元に注意しながら歩いていると、
にゅっと丸井ブン太の手が伸びてきて、私の腕を掴んで引っ張った。
「おわっ、何すんの。」
「お前危なっかしいからこっち側歩け。 見てるこっちがハラハラする。」
「あ、…そう?」
「あ、そう?じゃねぇ。 さっきから何回人とぶつかりかけてんだっつの。」
そうなの? なんて思いながらも言われるがままにさっきと反対側を歩く事にする。
だってせっかくの好意だし。 確かに親にもよく危なっかしいって言われるし。 一理あるかもしれない。
「そういえば何にも考えてなかったけど…今からなら電車間に合うかな…。」
「あ、そっか。 お前こっから家遠いんだっけ。」
「うん。 一時間以上かかるよ。」
「終電あんの?」
「さあ。」
「……さあってお前…。」
調べてみようと言いながら携帯を取り出して今からの電車を確認。
すると、私の思考がピタリと止まる。 おや、何か可笑しい。
「……ないねぇ。」
「で、どうすんだよ。」
「どうしよっか。 とりあえず行けるとこまで帰って…タクシー拾うしかないかな。」
「…始発待てば?」
「ヤダよ。 早く帰って寝たい。」
「あっそ。」
呆れた視線が私に突き刺さる。
そんな目で見ないでほしいと思いながらも、とりあえず今なら結構近くまで帰れる電車があるので、
急いで駅に向かう事にする。 少しでもタクシーの料金を少なくしたい。 高いもの。
「ったく、気をつけて帰れよ。 こけるなよ。」
「こけないよ。 丸井君も気をつけて帰ってね。」
「俺は大丈夫だっつの。」
切符を買いながらも私は電車が間に合うかの心配ばかり。
丸井ブン太はこの電車には乗らないらしく、切符を買わずに私のことを見守っていた。
改札口まで来ると、丸井ブン太は立ち止まる。 そして、急ぎながらも、私も一応立ち止まった。
「あ、そだ。 今日の、奢りでいいから。」
「え、あ! (忘れてた…!!)」
「タクシー代、結構かかるだろぃ。 ちゃんと家まで帰れよ。」
今日の、って言っても映画代、カフェ代、晩御飯代。 全て丸井ブン太が出しとくと言って出してくれていた。
最後に返してくれたらいいからって言われて、私もそのつもりで居たから素直にその場で奢られていたのに…。
普段デートでは奢ってもらうのが当たり前の私も、友達として遊びにきている相手に奢ってもらうのは気が引けたので、
全額最後に返そうと思っていたことをすっかり忘れていた。 最低だ、私……!
しかし、今返してしまうと、確かにタクシー代がなくなって帰れなくなってしまうことを考えたら、
丸井ブン太にお金を返す事はできなかった。 すごく悪い気がしてならないけど…。
「っごめんね、ありがと。」
「おう。 そん代わり、またいつか奢って。」
「任せて! それじゃあまた明日学校で!」
「ん、また明日な。」
時刻表を見上げれば、あと一分で電車が到着するらしい。
暢気なアナウンス音が鳴って、私は踵を返し改札口を通った。
丸井ブン太はそこから動くことなく、私を見送っている。
だから私も一度だけ振り返って、笑みを浮かべ小さく手を振った。
「あ、」
ホームに向かう階段を下り、丸井ブン太が見えなくなるその時まで、私は忘れてしまっていた。
キスの意味を、問うこと。
電車に乗り人が少ない車両でゆらゆら揺られる。
本当なら眠くなるはずの、電車内。 何故か、目は開いたままで。
(メール?)
何をするわけでもなく開いていた携帯が震える。
新着メールが届き、それを開くと、さっきまで一緒に居た丸井ブン太の名があった。
「帰ったらちゃんとメールしろぃ。 ……心配症だなぁ、丸井君は。」
ふっと笑って携帯を閉じる。 家に帰ったら、返事を送ろう。
ドキドキして、熱くなる身体。 綻んだ顔が、元に戻らない。
ただ、浮かぶのは、映画館での私達。
再び熱を帯びた唇を、冷えた指でそっとなぞった。
_____________________________
2009.02.20 執筆 サンキュウ・クラップ!
(初めてでもないのに、初めてのように嬉しく感じたキスの意味を早く教えて欲しくて。)