さよならソングは涙色 23

 

 

 

 

今もまだ好きだよ 好きなんだ 君が、好き

 

君が隣にいない事が こんなにも切ないなら

二人出逢わなければ 何度も思っては俯いて

いつだって目を閉じ浮かぶのは 君の笑顔と優しい手のひら

“前を向かなきゃ” わかっているけど

やっぱり君といたあの日々は消したくない 忘れられなくて

矛盾した想いに足をとられ 今もまだコノ場所から動けない

 

誰も居ない隣 今ではもう当たり前の毎日で

君の面影を思い出すたび 高鳴る鼓動

優しい口付け 初めて重なったあの日

目が合った瞬間 照れたようにお互い笑ったね

そんな儚い想い出 背負っているのは僕だけなのかな

君はもう新しい道を歩んで 僕じゃない誰かの隣で笑っているの?

 

嫌だよ いやだ

君のために流す涙 枯れ果てその意味も忘れた

名前も何も知らなかったあの頃

何も知らずに笑えたあの頃

戻れたのなら どれほど幸せなんだろう

 

叶わない願い 何度願ったって君はもうここに居ない

たとえ君が僕のモノでなくったって 僕はまだ…

 

 

 

「君が好き、なんだろうね。」

 

 

 

いっその事、君を嫌いになれたらどれだけ私は救われるのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『電・話・に・出・ろ!』

 

 

 

はいもしも、と言い切らないうちに電話越しに響く怒気を含んだ声。

雑音が酷すぎて少し聞こえ辛い声に眉間に皺を寄せた。

 

 

 

「出る前に切れたの。」

『切れる前に出てくれ。』

「無理。 食器洗ってたから。」

 

 

 

泡だらけの手で携帯なんて持ったら携帯が壊れるでしょ。

言わなかったけど頭の中でそう続けた。

すると、丸井ブン太は少し不満気な声色で『あっそ。』と呟いた。

 

それにしても、やけに雑音が耳に障る。 すっげ煩いんだけど。

 

 

 

『なーー。』

「んー?」

『テスト最終日空いてる?』

「何で?」

『俺ん家来てくんねー?』

「やだ。」

『即答かよ。』

 

 

 

丸井ブン太がへっと笑う。

どうして急にそんな話になるんだ。

 

 

 

「何で?」

『その日俺ん家みんな旅行行ってて誰もいねぇの。 だから飯作って。』

「作れないからヤダ。」

『はあー? お前嘘言うな。 作れるだろぃ。』

「嘘じゃないよ。 リアルに作れないから。」

『…いーや作れる! 作れるって俺信じてるし!』

「信じなくていいから、私本当に作れないよ! 卵焼きだってこの間味付けしなきゃ味無いってこと知ったんだから!」

『マジかよ…重症だな。』

「ほっといてください。」

 

 

 

呆れてる。 電話越しでもわかる。 呆れてるよ、丸井ブン太。

ちょっとだけ、今になって料理の一つでもしておいたらよかったな、って後悔が襲う。

大学生にもなってろくな料理が出来ないってなったらやっぱり引かれるものなのだろうか。

料理ができないというよりは、料理をしたことがない私。

家に帰ればお母さんが作ってくれているし、自分で料理をする機会が今までまったくと言っていいほどなかった。

よし、今日からでもいいから少しくらい花嫁修業として料理でもしてみようかな。 …単純な私。

 

 

 

「ていうかね、丸井君。」

『んー?』

「すっごく聞こえ辛いんだけど、今何してんの?」

 

 

 

そう質問している今も、ざーざーと砂嵐のような音がずっと耳に障っている。

丸井ブン太は『ああ、』と声を漏らすと、あっけらかんと言った。

 

 

 

『今学校から帰ってる最中なんだよ。』

「外?」

『そー。 バイクで帰宅中。』

「…危ないよ。」

『危ないねぇ。』

 

 

 

そう言いながらも電話を切る気はないらしい。

『風の音煩い?』って訊いてきたから思いっきり「煩い。」って答えてやると、我慢しろって言われた。 何様だ。

 

 

 

「それにしても、学校終わるの遅いね。 もう十一時だよ。」

『んー今日どうしても終わらせなきゃなんねぇゼミの課題があったんだよ。』

「ゼミか。 ってことは杏璃も一緒?」

『そーそー。 あ、知ってっか? 今日杏璃倒れたんだぜぃ。』

「え?」

 

 

 

脳裏にチラついたのは、今日杏璃の家を出る前の杏璃の姿。

そうだ、そうだった。 私はなくても、杏璃は今日授業あったんだ。

だったら昨日は早く帰って早く寝させてあげたらよかったなーって少し後悔。

きっと二日酔いでふらふらのまま行ったんだろう。 可哀想に。

 

 

 

「杏璃、大丈夫だった?」

『大丈夫だろぃ。 何か恥ずかしげもなく「吐く!」って叫んでトイレ直行してたし。』

「…思いっきり二日酔いだね。 そっか、まあ大丈夫そうならいいんだけど…。」

 

 

 

後でメールでもしておいてあげよう。 そう思いながら小さく溜め息を吐く。

電話越しの丸井ブン太が少しだけ、間を置いて言った。

 

 

 

『昨日飲みすぎたんだろぃ。 お前も結構酔ってたしな。』

「よ、酔って…ない。」

『まだ言うか。』

「…あれが私の本来のテンションなの。 酔ってない。」

 

 

 

ああもう。 どうして私はこう可愛げのない事ばかり口にしてしまうのか。

自己嫌悪に陥りながらも、私の口が閉じてくれることもなければ、止まってくれることもなかった。

ましてや、言わなくていいことまで口走ってしまう、そんな始末。 完全に、暴走を始めていた。

 

 

 

「あーでも昨日は久々に飲んだよ。 楽しかったなあ。」

『…よかったじゃん。』

「私ってさ、酔うとキス魔になるって杏璃が言ってた。 初めて知った。」

『へー。 ってかやっぱ酔ってんじゃん。』

「……へへ。」

 

 

 

止まらない、止められない。

誰か、私を止めて。 口を塞いで。

 

チラつく。

今日の帰り道、ふと浮かんだ疑問。

 

 

 

私と丸井ブン太の関係って、何?

 

 

 

「だからかなー昨日も杏璃に迫ったらしいんだ、私。」

 

 

 

何を焦っているのか自分でもわからない。

ただ、何かに急き立てられて、落ち着かない。 止まってくれない。

 

チラつく。

昨日ずっと私と一緒にいた、彼の姿。

 

その姿が脳内に過ぎった瞬間、頭の中で、何か溜め込んでいたものが一気に爆発したような感覚に襲われた。

ずっと無言のままの丸井ブン太に対して激しい動悸を感じながら、私は笑ってこう言った。

 

 

 

「しかも一緒に行った景吾君にキスされちゃった。」

 

 

 

言った。 言った後に、迫り来る、後悔。

喉から湧き上がってくるのは、熱い熱と、乾いた笑い声だけ。

 

電話越しの彼は、一拍置いて口を開いた。

 

 

 

『へーよかったじゃん。』

 

 

 

ずきん

 

 

 

言って、どうするつもりだったのだろう。

言って、何を期待していたんだろう。

 

痛むこの胸は、一体何なのだろう。

 

 

 

「…う、うん。」

『結構軽い女なんだ、って。』

「え?」

 

 

 

ずきんずきんずきん

 

痛い。 握り潰されたんじゃないかってくらい、心臓が痛い。

声が出ないほど、喉が焼けて熱い。 声を絞り出すのが、やっとだった。

まるで鳴り響く警報のように、突如頭痛が私を襲った。 頭が、痛い。

 

 

 

「そんなこと…ないし。 私一途な女だもん。」

『…へーそーなん?』

「疑ってる? 誰よりも純だよ、私。」

 

 

 

冗談っぽく無理矢理に笑って言う。

それが今の精一杯。 私には、これがもう精一杯だった。

 

いつだってそうだ。 軽い言葉を吐いて、何でも冗談で済ませる。

生まれて初めてされた告白も、私は冗談で流して、相手を傷つけた。

いつも冗談を言い合っていた相手は、その時だけは真剣だったのに、気づいていながら私はその関係を壊す事が怖くて、いつも通りにその場を流した。

真剣にならなきゃいけない時、私は自分が傷つかずに済むよう、いつだって冗談で事を簡単に流していく。

そんな自分が、ずっと大嫌いだった。 吐き気がするほど、大嫌いだった。

 

でも嘘じゃない。 一途だし、心は誰よりもピュアだ。

だから、誤解しないで。 幻滅、しないで。

もっとちゃんと、本当の私を知ってよ。

私が言葉の裏に隠してる、本当の私を知って欲しい。 知って欲しいのに。

 

 

 

『…ていうか、マジなんだ。』

 

 

 

現実は、言葉にしなきゃ、伝わらない。

 

ちょっと低くなった声で、呟くように聞こえてきた。

聞こえ辛かったけどちゃんと耳には入っていたのに、私はワザとらしく「え?」と訊きなおした。

身体中の血液が、サッと引いていくのがわかる。 だってこれは、昨日も味わった感覚だったから。

 

 

 

『ちょっとだけ、冗談だって思った。』

 

 

 

自嘲気味に笑った声が耳に木霊する。

今、彼はどんな表情をしているのだろうか。 そんなことが、私の頭に過ぎった。

 

丸井ブン太は何に対しての冗談だと思ったのだろう。

私が一途だってこと? 純だってこと?

 

それとも、私がキスされたこと?

 

だけど訊く勇気は、ない。 浮かんだ疑問を次々に胸の内へとしまうだけ。

 

 

 

『……じゃ、テスト最終日、忘れんなよ。』

「え?」

『そん日のことはまた、連絡すっから。』

「ちょっ、待っ、」

 

 

 

呼び止める間もなく、じゃーな、と言って電話は切れた。

無機質な電子音が、耳に木霊する。

 

 

 

「……バカだ、私。」

 

 

 

何を期待していたんだろう。

何のために、この言葉を吐いたんだろう。

 

 

 

もやもやとする胸を押さえ、そっと携帯を閉じて唇を噛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

脆い絆が崩れだしたのはきっと、この時からだったんじゃないかな。

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2009.04.07 執筆  

(お互いの事、何も知らないからこそ微妙な距離が怖くて、遠く感じた。)