さよならソングは涙色 25
今もまだ好きだよ 好きなんだ 君が、好き
君が隣にいない事が こんなにも切ないなら
二人出逢わなければ 何度も思っては俯いて
いつだって目を閉じ浮かぶのは 君の笑顔と優しい手のひら
“前を向かなきゃ” わかっているけど
やっぱり君といたあの日々は消したくない 忘れられなくて
矛盾した想いに足をとられ 今もまだコノ場所から動けない
誰も居ない隣 今ではもう当たり前の毎日で
君の面影を思い出すたび 高鳴る鼓動
優しい口付け 初めて重なったあの日
目が合った瞬間 照れたようにお互い笑ったね
そんな儚い想い出 背負っているのは僕だけなのかな
君はもう新しい道を歩んで 僕じゃない誰かの隣で笑っているの?
嫌だよ いやだ
君のために流す涙 枯れ果てその意味も忘れた
名前も何も知らなかったあの頃
何も知らずに笑えたあの頃
戻れたのなら どれほど幸せなんだろう
叶わない願い 何度願ったって君はもうここに居ない
たとえ君が僕のモノでなくったって 僕はまだ…
「君が好き、なのかな?」
わからなくなってきた、この気持ち。
「ねえどこ行くの?」
「さあ、どこ行こっか。」
「目的地さっさと決めてよ!どこ行くのよこの車はあー!!」
夕暮れ時。 街の中を激走する赤い車。
その中に響く杏璃の声。
ことの始まりは、数十分前だった。
『悪ぃっちょっと遅れる。 学校の前で待ってて。』
授業が終わって杏璃と喋っていたらこのメールが着て、仕方なく杏璃に時間を潰すのを付き合ってもらっていた。
学校の前でいくつもの通り過ぎていく人を恨めし気に眺めていたら、プップーとクラクションを鳴らされる。
前を見ると、真っ赤な車の窓が開いて、そこから見慣れた顔が現れた。 正直、私と杏璃は開いた口が塞がらなかった。
『何? 杏璃も一緒に飯食いにく?』
食欲旺盛な杏璃がこの言葉に空気を読めるはずもない。 待たされた苛立ちからもあっただろうが、即座に激しく頷いた。
マジで? え、この三人でご飯食べに行くって言うの? すごく気まずいんだけど…。 私はと言うと、内心焦ってバックバク。
そもそも、いつの間にご飯を食べに行くと言うコースになっているのか。 まあいいけど。 どうせ作れないし。
車の後ろに乗り込んだ私達を確認すると、丸井ブン太は『んじゃ行きますか。』と言ってアクセルを踏んだ。
『もち奢りっしょ?』
『へーへー奢らせていただきます。』
『え、アンタにしちゃ随分羽振りいいじゃん、どうしたのよ。』
『さっきパチ屋で当たった。 だから今機嫌いいし財布ん中結構潤ってんの。』
『人待たせてた理由がパチ屋てアンタ…に謝れ。』
『悪ぃな! 奢ってやっからそう拗ねんなって! な!?』
急に話を振られて結構驚いた私の動揺には誰も気づいていなかった。 よかった。
今までの話の流れを聞いていたくせに頭で理解していなくてよくわかんなかったから一応『しょうがないな。』とだけ言って返す。
そうして、冒頭のやり取りに戻るのですが…。
空腹が追い討ちをかけて車の中で暴れだす杏璃を、何とか宥めて冷静な会話を再開した。
「で、結局どこ食べに行くのよ?」
「どこ行こうか、決めて。」
「はー? 今向かってる方向にある店って言ったら…」
「ラーメンとかか?」
「私あんまりラーメン好きじゃない。」
「出たよ、のワガママ。」
「ワガママじゃない。 ラーメンはヤダ。」
「じゃあ何食いてぇんだよ。」
「あんま食欲ないからアッサリしたのがいい。」
「寿司とかか?」
「……寿司、やだ。」
「ほら、やっぱりワガママじゃん。」
「…違う、けどヤダ。」
「えーじゃあ何だろう……」
杏璃がうんうん唸りだす。 丸井ブン太は完全にお任せモードだ。 普段は食べるのが好きなくせに。
あれはこれはと訊いてくるモノは何だかどれも食べたいとは思わなくて、とりあえず全部首を振る。
と言っても、別に食べたくないとか食べれないとかじゃなくて、食べたいとは思わないだけ。
だから「これが食べたい!」って誰かが言ってくれれば、たぶん私は合わせて食べに行こうって言えるのだろう。
意見を求められるから、首を横に振るだけ。 これって屁理屈なのかな。
「この先行っても何もねぇーぞ。 早く決めろぃ。」
「だってがワガママ言うから決まんないのよ。」
「別に何でもいいよ、私は。」
「じゃああそこのラーメンは?」
「だからラーメンはヤだ。」
「ほら見なさい何でもよくないじゃん!」
さっきからこの会話ばっかり。 そろそろ私自身も嫌気がさしてきて、早く決めようよって本気で思う。
たぶん、私がストッパーになっていることは間違いないんだろうけど。 あれ、結局私がワガママなのかな。
「はい、んじゃあそこの寿司決定な。」
「寿司ヤだ。」
「ムーリー。 お前の意見もう聞かねぇ。」
「ヤだ、寿司ヤだ。」
「聞かないつってんだろぃ。 もうこの先何もねぇしずっと車乗ってる気か?」
「ヤだ、お腹空いた。」
「さっきから嫌しか言ってないじゃん…。」
本当ワガママだなお前、なんて言いながら丸井ブン太がハンドルを回す。
車は左折してよく見るチェーン店の寿司屋のパーキングへと入って行った。 わ、本当に入っちゃったよ。
「何年ぶりだろ、こんな回る寿司屋。」
「何贅沢ぬかしてんだテメェ。」
「もしかして、寿司屋ってカウンターに座って握ってくれる寿司屋しか行かないの?」
「うん、回る寿司には行かない。」
「おい杏璃! なんだこの贅沢な女は!!」
「全くだよね!!」
二人して私を贅沢だワガママだと責めて立ててくる。 何故だ。 何故回る寿司に行かないだけで贅沢なんだ。
だってずっと回ってる寿司なんて私食べたくないもん。 海苔がしなしなしてるし、ネタ新鮮じゃないし。
拘り持ってるだけなのに二人は私の意見全部頭から否定して受け入れてはくれなかった。
「おー回ってる。」
「そりゃ回る寿司だからな。」
「、何食べたい? 取ってあげるよ?」
「……なんか、食欲が…」
「ワガママ言うな! ちょっとブン太も食べてないでに何か言ってやってよ!」
「ふぁふぁままふぃふふぁほ!」
「…わかった。 わかったから先に食べていいよ丸井君。」
「ブン太汚い!」
もごもご言ってて全く喋れてなかったけど一応何となく聞き取れた。
『ワガママ言うなよ!』でしょ。 うん、絶対そうだ。 でも私本当にワガママじゃないもん。
「はい、これ食べなさい。」
「何これ…」
「ツナサラダ。」
「海苔がしなしな。」
「もうお前黙れ!!」
そう言って杏璃に頭をバシンと叩かれた。 痛い。
そんな私達にお構いなくで丸井ブン太は次々とお寿司を食していく。 そのスピードが衰える事はない。 すごい。
なんだか、杏璃ってお母さんみたいだなってしみじみ思いながら、せっかくだし取ってくれたお寿司を食べる事にした。
軍艦巻きなのに海苔がしなしなしていてちょっと不快だったけど、まあ食べれない事もない。
「んーお腹いっぱい。」
「一皿しか食べてないじゃん。」
「そだね。」
「ダメ、そんなんじゃダメ! 死んじゃうよ!」
「大丈夫だよ大げさな…。」
「アンタあのブン太見てみなさいよ! 何あの食いっぷり!」
「吐き気しそう。」
「、お前ちゃんと食えよ。 ただえさえ痩せてんだかんな!」
「そうよ、アンタこのままだと骨だよ! 骨と皮だけになるよ!」
「そーだそーだー。 もっと食えー。」
「……なんないよ。」
こちらともちゃんと会話しながらも丸井ブン太はもぐもぐもぐもぐお寿司を平らげていく。
次は何を取るのかなとじっと見つめていると、レーンを回るサーモンを手に取っていた。 サーモンか。
そういえば一時、私もサーモンブームだった頃があったな、なんて。 そん時はバカみたいにサーモンばかり食べてた気がする。
丸井ブン太がとったサーモンの上には何かマヨネーズみたいなモノがかかってて、見るからにこってりしてそうだ。 うえっぷ。
私の横に座る杏璃をチラッと見てみると、言いながらもちゃっかり結構食べている彼女に思わず笑みが零れた。
「。」
「ん?」
「ほら、サーモン食え。」
「え、いらない。」
「食え。 ほらアーン。」
「んんーいーらーなーいーってばー!」
「うっせ食えほら!」
「んー!」
丸井ブン太のお口に合わなかったんだろうこのこってりサーモン。 無理矢理私の口元に運んできて詰め込もうとしてくる。
必死に逃げるけど最終的にはサーモンが私の唇に押し当たってしまい、しぶしぶ嫌々ながらに口を開くとすぐに押し込められた。
くそう、何だこのこってりサーモン。 私は残飯処理役じゃないんだぞ。
「ど、マヨネーズいらんと思わね?」
「激しく思う。」
「だろだろぃ!? 俺それ却下。」
「だからって私に無理矢理食べさすのやめてもらえるかなー?」
「だってお前何も食ってねぇじゃん。 ちょっとくらい食えって。」
「いや、どうせならもっと美味しいの食べさせてよ。」
「出たよのお嬢様発言ー!」
「、アンタいつからそんなキャラになったの?」
「……もう知らない。」
思わず呆れて溜め息が出る。 彼女たちはどうしても私をワガママなお嬢様に仕立て上げたいらしい。
私そんなつもりは本当にこれっぽっちもない常識人なはずなのに。
あれ、そう思ってるだけで世間一般ではこれをワガママなお嬢様気質な人間だってことになるのかな。
だったら悪いのは私? え、私なのかな。
「さーてこの後どうすっかなー!」
丸井ブン太が会計を済ませている間に私と杏璃は店の外で生温かい夜風にあったっていた。
そこへ財布片手に丸井ブン太が上機嫌にやってくる。 どうすっかなーって…帰るんじゃないの?
この時間なら私まだ家に帰れるし。 そうだ、このまま車で家に送ってくれたらいい。 帰りたい。
「とりあえず大学辺りに戻ろうか。」
「えーもう帰っちゃうの? そんな気分じゃなーい。」
「……あっそ。」
「んじゃその辺ドライブにでも行くか。」
「さーんせー!」
「……せー。」
しらふのくせに妙にハイテンションの杏璃を若干恨みながらも無駄な摩擦が起きないようにとりあえず賛成しておく。
ほら、やっぱり私そこまでワガママじゃないじゃん。 ちゃんと人に合わせるっていう能力持ってるし。
そうこうしている間に、私の真意が伝わることなく、二人はノリノリで車へと乗り込んでしまう。
このまま置いていかれても困るので渋々私も後部座席へと乗り込んで気づかれないように小さく溜め息を吐いた。
どうしてこんなことになってるんだろう…。 すごく疲れる。
「うーん、もうちょっと先行ってみっか。」
「何かあったっけ?」
「心霊スポット?」
「マジ!? 絶対ヤダからね!!」
「お、行くっきゃねぇなこの反応。」
「ちょっとやめてよ! ほらも何とか言ってよこのバカに!!」
窓の外の風景を見ていると、杏璃に腕をつかまれてバシバシと叩かれる。 痛い、いたっ、ちょっ痛い。
何なんだ急に。 しかも耳元で叫ばれると煩いし。 腕痛いしやめてほしい。
「何ボーっとしてんのよ! 私達このままだとこのバカに心霊スポット連れて行かれるんだからね!」
「この辺りに心霊スポットなんてあるの?」
「知らないけどとりあえず止めてよ! ちょっとブン太! 人通り少ないじゃんここどこよ!」
「さーどこなんだろうな。 わかんねぇ…お、こっち曲がってみっか。」
「適当に運転しないでよ! ちゃんと帰れるんでしょうね!」
「任せろぃ、大丈夫だろ何とかなるって。 ははは。」
「…不安だねぇ君のそのアバウトな感じ。」
「んだと、まで俺のこと信用してねぇのかよ。」
「今の会話のやり取りで信用しろって方が難しいよ。 で、実際どうなの? 大丈夫なの?」
「んー適当に運転してるっちゃしてるけど帰れないってことはねぇな。 だから大丈夫。」
「ちょっとブン太ー!」
「杏璃煩い! んで腕痛いから私から離れて。」
「…だって怖いじゃん無理ー!!!」
放してくれと言ったら余計に腕にしがみ付かれた。 さらに近距離で叫ぶから耳が痛い。
私も不安なことには変わりはないのに、杏璃がここまで激しく怖がっていると私も言う気は失せてくる。
とりあえず冷静に杏璃を宥めることしかできない。 はあ、何だこの損な役回り。 面倒くさいよ。
「きゃあ! ちょっ真っ暗! 真っ暗!」
「腕痛い、杏璃…、」
「何でヘッドライト消すの!? 危ないでしょ点けなさいよ!!」
「いやーこっちの方が雰囲気出るかと思って。」
「出ないよ! ていうかそんな雰囲気出さなくていいから! てか普通に危ないから点けろ!」
「はいよ。」
「ってここどこ!? 森!? アンタ一体どこ連れてく気よ!!」
「さーてどこでしょう。」
ミラー越しに丸井ブン太の悪い顔が見える。 うっわ、コイツ絶対確信犯だ。
いちいち杏璃の過剰な反応に気分を良くして丸井ブン太は車を走らせていく。
ヘッドライトのおかげでぼんやりとだけど見える窓の外を確認すると、確かに緑が広がっていて、森に近い状態だった。
不安は増す。 普通にここはどこなんだと言いたくなって、でも先に杏璃が叫んで言ってるからその言葉を飲み込んだ。
「うっし、つーいた。 おら、降りろ。」
「え?」
「さっさと降りねぇとこの中に放ってくぞ。」
「嫌だ!!」
杏璃がバッと音がするほどの勢いで車から飛び降りる。
急に解放された右腕が、何だか軽くなった気がして、同時にものすごく大きな安堵感を覚えた。
何の疑問も抱かずに私も杏璃が降りた方とは反対側のドアから車を降りる。
「うわっ」
空一面に広がる星空。
一瞬、息をするのを忘れてしまった。
「ど? すごくね?」
自身ありげな丸井ブン太が私の頭を小突く。
すごい。 綺麗。 びっくりした。 いろんな感情が込みあがってきて、
思わず素直に感想を口にしそうになった時、私の感情を代弁するかのようにタイミングよく杏璃が言った。
「すごいすごーい綺麗ー!! ね、綺麗だね!」
「……え、あ、う………真っ暗だね。」
「え、そっち?」
綺麗だって、言いたかった。
目の前ではしゃぐ彼女のように、素直に綺麗だって、言いたかった。
すごいって言って目をキラキラさせて飛び回って、素直に感情を表に出せたら、どれだけ楽になれただろう。
でもね、言えなかった。 言われてしまったから。
誰かと同じ言葉を吐くのは、嫌。 単純に綺麗だって、すごいって言ってはしゃいだらきっと、私は“彼女”になってしまうから。
言いたかった。 可愛い女になりたかった。
でも私は、私自身でいるためにも、そんな可愛らしい言葉を吐くわけにはいかなかった。
私は、そんな杏璃のように素直に可愛い言葉を吐く人間では、ないから。
苦笑して「星見ろ星を。」と私の頭を再度小突いた丸井ブン太と目を合わせることができなくて、私は下を向いた。
「…眠い。」
「立ったまま寝るなよ。」
「あれ、杏璃は?」
「ん、あっち。」
指差した方向で杏璃が楽しそうに手を振っている。
それを見て、私は
(どうして杏璃がここにいるんだろう。)
なんてことをぼんやりと考えながら苦笑いだけをその顔に貼り付けた。
無邪気な貴女が羨ましくて、時に妬ましくもあったの。
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2009.08.27 執筆
(ない物ねだりでしかないことはわかっていたけど。)