Warm Corner 101
、お説教したいお年頃です。
「ぬぁにー! 切原君が来てないだとー!?」
「喧しい! もっと普通に返事を返せんのかお前は!」
「弦一郎、お前もだ。」
弦一は私をこれでもかってくらい物凄い勢いで張り倒したが、
柳君は驚くくらい迅速で強烈な一撃を弦一の頭部に殴打した。
私と弦一はほぼ同時に蹲って痛みに堪える。
ちくしょ、痛ぇよ!
「困りましたね。 いつもはあのようなことがあっても次の日の部活には必ず顔を出していたというのに。」
「まあ赤也は部活をしに学校来てるようなもんだからな。」
「それなのに今日は部活に来てないの? 遅れてるだけじゃなくて? あ、それか休みとか!」
「部活開始から裕に四十分はすぎている。 先程ジャッカルに教室まで行ってもらったが赤也は残ってなかったそうだ。
同じクラスの奴の証言からしても赤也は今日ちゃんと学校に来ている。 どう考えてもサボりの確率が高いだろう。」
柳君がもう一度校舎に掛けられた時計を見上げ、再び視線を戻す。
その表情は実に困ったなという表情で、怒っているわけではなさそうだった。
「迎えに行って来てはくれないか、。」
「は?」
「実のところ、赤也の居場所は手に取るようにわかっている。
ただぐずられては面倒な上に本人にやる気がなければ意味がない。
そこでが赤也のやる気を引き立ててここへ連れ戻して来てはくれないか。」
「そ、そんなこと急に言われて出来るわけっ…!」
柳君のマシンガントークを一生懸命理解しようと頭を働かせていると、
ようやく理解できたところでそれが無理難題だってことに気がついた。
何を抜かすかこの男!
「ね、弦一も無理だと思うよね!?」
「、」
「あの切原君を説得してやる気出させるとか私に出来るわけがな「!」
びっくりして弦一を見る。怒ってるかと思いきや、怒ってなんて全然なくて、むしろ全てを諭したような顔をしていた。
お、親父臭さに渋味を増したな…。
「、一番赤也をわかってやれるのは、お前なんじゃないのか?」
「……弦一、」
「少なくとも俺は、お前なら赤也の心を動かせると思うがな。」
頭をポンと優しく叩かれる。
馬鹿みたいに毎日テニスのやりすぎでゴツゴツした私より何倍もでっかい手の平。
いつの間にこんなにも大きくなったんだろうか。
昔は私の方が弦一よりもでかくて、チビな弦一を木の棒で突いたりしてからかっていたというのに。
なんだか、すごく妙な気分だった。
「うん、行ってみる!」
急に涙が込み上がって来て、このままではヤバイと思った私は慌てて逃げるように走り出した。
背後で呼び止められた気がしたけど、正直込み上がってくる涙や鼻水で止まる気なんてさらさらなかった。
さて、そうと決まればちゃっちゃと切原君のところへ行って連れ戻さないと!
…………切原君は何処だ?
しまった、聞き忘れてた!
だから柳君あんなに必死に呼び止めてたのか!
気付かなかったぜこんにゃろ!
もっとハッキリちゃんと言えよ本当に役立たずだなあの参謀は!
「教室にはいなかったんでしょー?」
ならやっぱりここは妥当に保健室か?
いや、中庭とか…。
わかんねえよ出会って間もないアイツの行きそうな場所とか!
ここは恥ずかしいが一度コートに戻って柳君に聞くしかな…………くもないや。
「こんな時、私が行きそうな場所に行けば会える気がする。 ならあそこしかないじゃん!」
そうだ、そうじゃん!
切原君は私に似てる。
私が切原君の立場なら何処に行くか。
今日私だって行ったじゃない。
……煙と馬鹿は何とかって言うしね。
なら行くしかない。
必ず会える気がして、私は急いで校舎の階段を駆け上がった。
マジ体力ねえよチクショウ!
「切原君!」
予想通り夕日が昇る屋上で、ジャージ姿の切原君が空を仰ぐように足を投げだし座っていて、
私が呼ぶとゆっくり振り返った。
「、先輩…」
「何してんの、練習は? それともサボりですか?」
「………別に。」
俯いて拗ねたように口を尖らせる切原君はまるで小さなガキそのもので、昨日の鬼のような面影はちっともなかった。
それに少し安心する私がいる。
「何でアンタ拗ねてんの? お腹痛いの?」
「…違うっス。 んなワケないっしょ?」
「じゃあ何よ。 切原君が練習無断でサボるなんて珍しいらしいじゃん。 どんな心境の変化?」
「………また、やっちまうかと思った。」
「んあ?」
突然ボソリと呟く切原君。
私としたことがちょっと聞き逃してしまった。
「昨日オレ、先輩のこと、殴らずにすんだ。 でもそれは真田副部長が止めに入ったから。
たぶんあのまま行けば次はアンタを殴ってた。」
ナイス弦一ィィィイイイイ!!
あっぶねー!
私もうちょっとで顔凹むとこだったみたいだよ!
あー生きててよかったァァアアア!
「……試合で相手潰すのは別に何とも思わなくったって、
女殴って平気でいられるほど神経鈍ってない。 前に一度あったから、余計に。」
「………来栖さん、だよね?」
「知ってたんスか。 ……オレ、正直今すっげーホッとしてるんス。」
ゴロンと頭の後ろで手を組んで仰向けに寝転がる切原君。
私から見える彼の横顔からはへへっと力のない乾いた笑みが零れた。
「あん時止めに入った先輩をカッとなって力任せに殴ってたら、オレたぶん今頃首くくってますよ。」
「嘘つけーアンタそんなキャラじゃないじゃん。」
「あらら、バレちゃいました?」
「バレバレだっつの。 ……でも、よかったね。 殴らなくて済んで。
前までの切原君だったら即殴ってたんでしょ?」
「みたいっスね。 あんま覚えてねぇけど…カッとなったらすぐ手は出てた。 今回のは奇跡に近いっス。」
マジ助かったサンキュー弦一!
不謹慎過ぎるけど喜ばずにはいられないと思う。
何てったって今無傷な私は奇跡だそうですやん。
本当なら泣いて喜びたいくらいなんだけど。
「いい傾向なんじゃないかって。」
「はい?」
「幸村君が言ってた。 昨日あの後話して来たんだ。」
「部長が…」
「だから、アンタ男なんだからいつまでもメソメソしてないでさっさと部活出なさいよ!
もう誰も気にしてないし、今回は未遂だったんだから! 前みたいに謹慎処分下されたわけでもないでしょ!?」
「…そースけどっ…グエッ!」
「ギィー! 苛立たしいわねアンタのその煮え切らない態度!
またやるんじゃないかって恐れてるのはわかるけどっ! ここで足踏みしてちゃ何も始まらないだろうが!」
切原君の胸倉を掴んで無理矢理起き上がらせる。
切原君から変な声が聞こえた気がしたけどたぶん気がしただけ。
体力ないけど力はあるのよ私。
「昨日今日でわかったけど、みんなアンタのこと大事にしてるじゃない! だから大丈夫よ!
アンタがこの先間違いを犯すたび、その都度みんながアンタを止めてくれる!
みんなはその覚悟が出来てる!」
「………、」
「アンタはいつか自分のやってきたことを悔いる日が来るかもしれない! だけどそれは今じゃない!
今のアンタはまだ前に進まなきゃならない、発展途中なんだよ! こンの中途半端人間!」
「ちゅ、中途半端…人間?」
「今諦めたらアンタ一生このまんまだよ! どうせやめるんだったら最後まで行ってからやめちまえ!
自分の感情くらいしっかりとコントロールできるようになるまでガムシャラに突っ走ればいいんだよ!
その為の代償は私達みんながカバーしてってやるから!」
「ちょっ、先輩!」
ぐいっとそのまま引っ張って持ち上げる。
軽いとは言えないけど持てないこともない。
だから体力ないけど力はあるんだって。
中学生男子一人くらい担いで走れるわ!
私は切原君を担いだままコートを目指して走り出した。
熱く語って説得すんのが段々と面倒になってきたのでこの際一気に強行突破。
ようわからんが連れてくが勝ちでしょう。
「ちょっと、先輩! 降ろして死ぬー!」
「舌噛むなよー! 目閉じて羊でも数えてりゃすぐ着く。」
「馬鹿言え!」
誰が馬鹿だゴラァア!
階段を猛スピードで駆け降りる私の肩ら辺で怖いのか、暴れる切原君。
そんなに落ちたいのかね。
暴れるなっつの。
「そんなことよりさっき私が言ったこと、ちゃんと理解したー!?」
「……要するに、今はまだ恐れず立ち向かえってことでしょー!?」
「おお、その通り! よくできましたー!」
「先輩恐すぎっスよ! あんな剣幕で怒鳴らなくったっていいじゃないっスか!
やっぱアンタは副部長の幼馴染みっスねー!」
「ンだと!?」
「つーか先輩! アンタ、熱くなるの嫌いなんじゃなかったんスかー!? かーなり熱く語ってましたけどー!」
逆風で声が聞き取りづらいからか、お互い自然と語尾が伸びて声も大きくなる。
切原君にバレないようにクスリと笑った私は、切原君を担いだまま、ただひたすらに走り続けた。
「気が変わったんだよ、何と無くね!」
独り言のような私の呟きは、向かい風によってどこか遠くへ消え去った。
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2007.02.14 執筆
当サイト自慢の愛され赤也。 なんじゃそれ…。