Warm Corner 101
、夢も壊れるお年頃です。
「うおい切原君、ちょいそのお菓子取ってー。」
「んあ、って明らかアンタの方が近いっしょ! 手伸ばしゃ届くじゃないっスか!」
「伸ばすのが邪魔臭いんだ。」
「んなこた知らねっスよ! つーか先輩俺の部屋来てからそこ一歩も動いてないっしょ! 動け!」
「アンタの部屋が動けない部屋なんだよ! ええい掃除しろ!」
新作ゲームに釣られて思わず部活の休みに切原君の家にお邪魔することになった日曜日。
入った瞬間、その部屋の汚さに驚いた。
ベッドに制服は脱ぎっぱなし、ゴミ箱は中身溢れてるくせに引っ繰り返ってるし、
そこら中使用用途不明のティッシュが無造作に転がってるし…。
ベッドに寝転がったままの私に動く気がないとわかった切原君が渋々私が指差したお菓子の箱を手に取って投げ渡した。
「ねえ、私プリッツじゃなくてポッキー取ってっつたんだけど。」
「言ってないッスよ。 先輩絶対プリッツ指差してました。」
「バッカ、ちゃんと指辿ったらポッキーだったっしょ。 目歪んでんじゃない?」
「……もういいッス。 さっさとゲームしましょーよ。
先輩が強いって言うから相手してもらおうと思ったのに、さっきから食ってばっかじゃないッスか。」
口を尖らせながら拗ねたようにゲームのコントローラーを私の分と二個持って私の隣にダイブする切原君。
ベッドが変な音を奏でたけど、結構年期入ってるのかな。
大丈夫だろうかこのベッド。
もうかれこれ切原君の家にお邪魔してから一時間は経過していただろう。
漸く重い腰を上げて二人、ベッドに並んでゲームをすることやや四時間。
そろそろ集中力も切れてきてゲームにも飽きてきた切原君が突然目をキラキラさせながら言った。
「ねねっ、先輩! 今日泊まってってもいいッスよ!」
「いや、遠慮しておくよありがとう。」
「まあまあそんな遠慮せずに! ちょい休憩入れてこのまま夜通しでやりましょうよ〜!」
「いやいや、誘う相手の性別を考えたまえ私はオ・ン・ナですよ切原君!」
「知ってますよそんくらい。」
「だったら尚更タチ悪いわ!!」
へらへらしながらとんでもないこと言いやがって!
何だ私は対象にも値しないってかそうなんか!
「せっかくこの前部室で盛り上がったあのゲーム先輩相手に久しぶりにやろうと思ったのに。」
「むむっ、もしや…あれ?」
「そっスよ。 あれちょい古いから誰かとやんなきゃ面白くないんスよ。 ね、やりましょうよー!」
甘えるように服を引っ張る切原君の言うゲームとやらに心を揺さぶられる。
あれ私も久しぶりにしたいなって思ってたんだよね。
でも一人でするのもつまらんし、弦一誘ったってするわけないし…。
これはこのチャンスを逃したらきっとあのゲームは永久にお蔵入りなんだろうな。
まあちょっとだけなら…。
「……大丈夫なの?」
「全然オッケーッスよ! 姉貴もいるしもし寝たくなったら姉貴の所で寝れば問題ないっしょ。 もうすぐしたら帰ってくるし。」
「お、お姉さんがいるのか君には…むしろそっち見てみたい気もするけど。」
「あーダメダメ! 絶対ダメ! あんなの見る価値もないっス!」
「何でえいいじゃん。 どうせ私が寝たいと思ったら見れるんだし。」
「んぐっ、まあ、そうッスけど…大したもんでもないッスよ。 だってすーぐ怒鳴るし蹴ってくるし煩いしナルシだしガサツだし!
俺に似ても似付かないッス。 あれが自分の姉だとか、ありえねえ。 先輩みたいなのがいいッスよー。」
「ちょっと待て。 モロ切原君じゃないか。 さすが血は争えないね。」
「えーどこがッスかー。」
全部だよ。
とは面倒なんで言ってやらないけど、お姉さんは切原君女版みたいな人なんだね。
さらに興味がわいてきたよ。
よーし、今日は絶対見てやろっと。
「何かゲームより切原君のお姉さん見るのが楽しみになってきた。」
「何で!? やっぱヤメ! 姉貴の部屋で寝るのなし!」
「はあ? じゃあ私はどうすりゃええんじゃ。」
「つーか夜通しでゲームするんスよ! 寝ちゃダメに決まってるでしょ。」
「さっきと言ってることがちがーう! てか明日学校あるし部活もある! 君も私もぶ・か・つ!」
「大丈夫ですって遅れなきゃ何の問題もないんスから。 寝不足だって一日やそんじゃそこらじゃどうってことないですって。」
「どうってことあるよこの馬鹿チン。」
何お気楽なこと考えてるんだこのワカメちゃんは。
一日オールしたら頭だって重いし動きだって鈍るっつーの。
「そ・れ・にー朝先輩と登校するって何かいいじゃないっスかー! 副部長だけずるいッスよー!」
「いや、アイツここ最近毎朝奇襲に来るんだけどどうにかしてくんないかな本気で。 朝練始まってからほぼ毎日だよ毎日。
どんだけ早起きなんだアイツ。 その前から鍛錬だってしてるしね。」
「年が年だからじゃないっスか。」
「ははは、そりゃ面白いわ。 つまりは私も年ってことなんだよね切原君。」
「うおっそう来るッスか! だったら自分で早起きできるっしょ!」
「できん! 朝は優雅に夢見てんのに目開けた瞬間あのオッサンが視界に入ってくんのよ。 マジ勘弁だよ。」
夢はモチロン幸村君の夢で、もう幸せの絶頂ってところで
あの親父に毎朝毎朝投げ起こされる。
私の身は果たしていつまでもつのやら。
つーか、本気でアイツ私がマネージャーになったからって好き放題扱き使いやがって。
私は臨時で仕方なく入ってやったんだぞ。
少しは遠慮というものを知らないのかあの老け面は…。
「あ、そうそう、着替えとか姉貴の使っていいッスよ。」
「サイズ合うかな? ほら私スタイル抜群だから。」
「いーや、俺の姉ちゃんの方がスタイルいいッスよ。 そこは譲りません。 先輩は鏡見てから物言ってくださいね。」
「んだテメェ帰るぞコラ。」
「あーダメダメ! 絶対帰っちゃダメ! 今日は絶対帰さないッスよセ・ン・パ・イ。」
どきんっ
………じゃねえ!!
嫌だ私ったら何切原君相手にときめいてるの!?
私のお相手は未来永劫幸村君ただ一人なのよ!
でも仕方ないよね。
今の上目遣いはちょっと色っぽかった。
うん、色仕掛けなんて……コイツ、やりよるの。
それにしても今の台詞、何か怪しかった。
ダメだよね、言う相手ってモノを考えないと。
「って切原君!? 重い重い重い乗るな!」
「だってぇー先輩ってギュッてしたくなる体系してません?」
「だってぇーじゃねぇっつの! アンタ分ってる!? これ明らかに襲ってるから!」
「そッスよ。 襲ってるんデース。」
「認めるな退け! 三秒数える間に退かなきゃ貴方の大事なところに蹴りを入れますよ!」
「………それは勘弁願います。」
ちぇームードねぇの、なんてブツクサ言いながら私の上から渋々退く切原君。
何だこの子。
超危険じゃないですか!
「あ、アナタ恐ろしい子ですね…。 いきなり何しやがるんですか…。」
「つーか先輩危機感なさすぎ? 相手が俺だったから良かったものの、他の男なら食われてますよ絶対。」
「く、食われてってアンタ…、」
「だって先輩可愛いし。」
「は!? ちょっ、キリハ「口を開かなきゃの話だけど。」
………… 殺 す ! !
今の私の恥じらいを返せ!
今すぐ土下座して謝れ!
眉間にこれでもかってくらい皺を寄せて切原君を睨みつけると、
切原君は「さーってゲーム再開ー。」なんて言いながらまたコントローラーを握った。
でもその頬が少し赤いことは内緒にしててあげよう。
「そだ、先輩。」
「あー?」
ゲームを再開して早一時間半。
再び集中力が切れたのか、切原君が口を開いた。
「俺のこと、切原君って呼ぶの、やめてもらえます?」
「じゃー何て呼ぶの?」
「赤也でいっスよ。 部活じゃみんなそう呼ぶし。」
「ふーん、じゃあ赤也………くん?」
「君いらね。」
「赤也。 これでいいのかい?」
「合格ッス。」
ヘラっとだらしなく笑った切原君、改め赤也は嬉しそうにコントローラーをベッドに放り投げて寝転がった。
あ、やっぱりゲーム飽きたんだ。
こんなことなら絶対オールとか、無理っしょ。
変な子だ、本当。
「あ、先輩、携帯鳴ってますよ。」
「あーこの歌は弦一だ。」
「演歌ッスか……?」
「渋いだろ。 はーいもしも『何をしている早く帰ってこんかたわけが!!』
鼓膜破れるだろこの常識知らずが!!!
「何怒ってんの? アンタが親父じゃあるまいし。」
『お前の小母さんがお前が帰ってこないと家まで泣いてやって来たんだ馬鹿もんが!』
「あーそういや言ってなかったねぇ。」
『今何処にいる! 早く帰って来い!』
「赤也の家にいるよ。 今日お泊りするんだ。」
私のすぐ横で携帯から駄々漏れな声を聞きながら「ゲッ、」と言って顔色を変える赤也。
それを横目で見ながら私は携帯の向こうで弦一が深く息を吸った音を聞いていた。
『たわけー!! 今すぐ迎えに行くからそこを絶対動くな!!』
そう言ってブツッと切れた携帯を眺め、キンキンする耳を穿った。
ホントにあのオッサンから慰謝料でも請求してやろうか。
耳を破壊するつもりか、アイツは。
私がどうしようか、と赤也に相談しようと赤也の方へ視線を向けると、
赤也は引き攣った表情で笑っていた。
この後、物凄い形相で物凄い勢いで赤也の家までやってきた弦一に私と赤也はこってり絞られ、
次の日の部活では何故か赤也が丸井君やらにこってこてに虐められていた。
とりあえず私は助かったので良しとする。
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2007.03.03 執筆
雛祭りにこれってどうよ? まあ祝シリーズ化おめでと私!