Warm Corner 101
、変化のあるお年頃です。
何気なしに、いつも部活に向かう時に通る廊下を歩いてた。
すると、聞き覚えのある声と知らない女子生徒の必死な声が俺の耳に届いてきた。
「だからイヤだってば! しつこいよ!」
「さん、ホントにお願いだよ! もうさんしかいないの!!」
「ウソウソ私じゃなくたって他にいるでしょ! 小学校の時にちょこっと齧ってたって子だったらいくらでもいるはずだし。」
「でも記録持ってるのさんしかいないんだよ。 何てったってジュニア部門で優しょ「もう私部活行くからごめんね!!」
明らかに可笑しいだろう先輩の態度に、女子生徒は目を真ん丸くして
全力疾走で走って行った先輩を呼び止められずにその場にポツンと残されていた。
何なんだ?
先輩、変なの……はいつもの事だけど。
でも今日の先輩は変っつーか、言動が冷たいって言うか…いや、冷たいのもいつもの事か。
あれ、じゃあ何なんだこの違和感。
いまだ動けずに難しい表情で立ち尽くしている女子生徒に近付く。
俺が歩けば足音で気が付いたのか、その人はパッと顔を上げて俺の名を無意識に呟いた。
「俺の名前知ってるんスね。 えーっと…」
「ああ、私三年生で水泳部部長の青柳だよ。 何、今から部活行くの?」
「そのつもりだったんスけど……先輩ちょっと話付き合ってくれません?」
「え?」
俺がニッと笑えば、先輩は怪訝そうな眼差しで俺の爪先から頭の天辺まで視線を這わせた。
失礼だな、コイツ。
「ほら、先輩さっきまでここにいたっショ? 声丸聞こえで廊下歩いてた俺にまで聞こえてたんスよ。」
「…ああ、さん。」
「先輩、先輩のこと勧誘してたんスか?」
そう尋ねればちょっとの間があいてコクンと頷く。
そして先ほどより明らかに表情が曇った。
つーか何うちのマネージャー勧誘してんだっつの。
誰が先輩を水泳部にやるか。
内心ちょっとイラッてしたけど目の前の先輩が物凄く落ち込んだ顔をしてたから
あえて口に出さずにその言葉を飲み込んで質問を続ける事にした。
「部員足んないんスか? 水泳部ってこれから大会でしょ?」
「そう、そうなの…今度は夏の大会なの。 部員は最低限ちゃんといるのよ。
だけど最悪な事に今回はこの前の球技大会で大会メンバーの中から三人も怪我人が続出しちゃって…」
はあ、と深い溜め息を吐く水泳部部長さん。
そりゃご愁傷様、と口が滑りそうになったけど寸での所で言葉を飲み込んだ。
相手は先輩、しかも女。 今ここで怒らせたりしたら面倒だ。
「で、さん小学六年生の頃まで水泳してたってのを風の噂で耳にして…それでずっと誘ってるんだけど。 本人は二度と水泳をしたくないらしいの。」
「…先輩が?」
「うん。 大会記録とか持ってるらしいから是非大会の助っ人として出てほしかったんだけど…何回フラれたことか。」
「あーあの人頑固ッスからね。 一度やらないって決めたらたぶん説得すんの超大変そうかも。」
「たぶんねー。」
ハハって笑った部長さんがじゃあ私も練習があるから、とまだ質問し足りていない俺を残して去って行った。
やべ、俺も部活行かねぇと副部長にどやされる。
そう思うも足はゆっくりとしたペースで廊下を渡る。
ぼんやりした頭の中はさっきの部長さんとの会話がエンドレスでぐるぐるぐるぐる回り続けてる。
…先輩、水泳してたんだ。
しかも記録とか取れるほどの実力持ってるなんて、俺聞いたこともない。
そういえば今思えば俺、先輩の事あんまよく知らないかも。
ただ、副部長の幼馴染ってことだけで、ものすごく先輩を知った気でいた。
「赤也! 早く用意せんか!!」
「へいへい今行きマース!!」
「何だその返事は!! いつも返事は“はい”だと言っとるだろう!!」
「はいはいわかってますって!!」
はいは一回だとコートから副部長の怒鳴る声が聞こえたけど暑いし煩かったから部室の戸を思いっきり閉めた。
そういえばもう夏なんだなーと今更になって思う。
もうすぐ蝉とか鳴き出すんじゃねぇのってくらい、外は常夏の暑さだった。
「赤也、戸を壊す気か。」
「…柳先輩いたんスか…びっくりするなーもー。」
「どうした、何かあったのか。 機嫌が悪いな。」
「へ、俺そんな顔に出てます? そんなつもりはないんッスけど…、」
「眉間に皺が寄ってるぞ。」
着替え終わった柳先輩が俺の眉間をトンッと人差し指で叩く。
叩かれた眉間に手を触れてみると確かにグッと皺が寄っていた。
「さ、早く着替えろ。 また弦一郎に怒られるぞ。」
「そーなんスよ。 この暑さに副部長の怒鳴り声って精神的苦痛じゃありません?」
「俺は怒鳴られる事などないからな。 その気持ちはわからないが…今日はこの暑さだ。
そのうえもまだ来ていない。 だから弦一郎もいつもよりうんと機嫌が悪いんだろう。」
「へ?」
俺の裏返った間抜けな声を聞いて柳先輩は不思議そうな顔をした。
今、先輩なんて言った?
先輩が来てない?
「…先輩、まだ来てないんスか?」
「ああ、まだだぞ。 何だ、何かあったのか?」
「だって先輩さっき部活行くって………あれ?」
じゃあ先輩今どこいんの?
でも確かにさっき部室の方に走ってったのに…
「を見たのか?」
「そっスよ。 さっきここ来るまでの廊下で水泳部の人に話しかけられてて…んで、…柳先輩?」
「…原因はそれだな。」
「はい? 何スか?」
柳先輩が急にスッと目を開くから思わずビクッてした。
おかげさまで部室の温度が若干下がった気がする。
俺はユニホームの袖に腕を通して視線だけを柳先輩へと向けた。
「は、水泳部の勧誘を受けていたんだろう?」
「そーッスよ。 何か大会に出てくれとか…。 俺先輩が水泳できる人って今日初めて知ったッス。」
「自身、中学に入ってから全く水泳に関わらなかったからな。 知っているのは弦一郎と…一部だろう。
俺達が今こうやってテニスをしているように、アイツも小学生の頃は水泳を好きでやっていたそうだ。」
「何か意外ッスね。 つーか何であんなに嫌がるのか俺にはわかんね………何スか?」
じっと俺の事を見てくる柳先輩。
俺が尋ねると先輩はフッと笑って部室の戸を開けた。
「案外わかってやれるのは弦一郎でもなく、お前かもしれないぞ。」
そう言って先輩は部室を出て行く。
はあ?俺?
わかんねぇって言ったのに、何でわかんだよ。
ベルトを外してズボンを脱ぐ。
ハーパンに履き替えて、あと靴も靴下も練習用のに履き替える。
んでラケットを握れば俺も準備完了。
柳先輩の後を追うべく部室の外へと飛び出した。
「うわっ!! 危ないな!!」
「あ、先輩。」
「ちょっと飛び出して来ないでよぶつかるところだったじゃない!! 怪我したら責任とって貰うからね!!」
ドアのすぐ前には先輩がプンプン怒って立っていた。
どうやら部室に入ろうとしていたところだったらしい。
先輩は鼻を数回ズズッと吸って目を擦る。
ちょっと先輩の目が潤んでる気がするけど…何だ、花粉症?
え、今の時期に? 何か花粉飛んでたっけ?
それとも風邪か?
ああ、夏風邪ってバカが引くものだっていう迷信があるし、案外当たってるのかも…。
なんて失礼な事を考えながら俺が何も言わずにじっと先輩を見つめていたら、先輩は目をキョトンとさせて「何?」と聞いてきた。
「へへ、何でもないっス。 先輩太りました?」
「んだとコラ!! 残念でした痩せたわ2キロ!!」
「えー見栄張んなくてもいいッスよ。 俺気にしないんで。」
「見栄じゃなくてマジだから!! テメ張り倒すぞ!!」
「ええーどれどれ…あ、ホントだ痩せたかも。」
「ってさり気にセクハラすんなーーーー!!! キャー幸村君のお嫁に行けなくなっちゃう!!」
「心配しなくても幸村部長がもらってくれませんって。」
両方の脇腹を両手でちょこっとだけ抓ってみると先輩は火山が噴火したように怒って恥ずかしそうに両手で顔を覆った。
俺が小さく呟いた言葉を聞き逃さなかったのか、ピタッと動きを止めた先輩がギロリと指の隙間から俺を睨み上げる。
マジで殺されると思った。
ちぇーそんなに部長がスキかよ。
前は憧れだとか何とか言ってたくせに。
「先輩早くしないと副部長に投げられますよ。」
「いくらなんでも投げないよ。 弦一はちゃんと女の子相手だと手加減するもん。 ……フッ飛ばされはするけど。」
「一緒ですって。 じゃ。」
「あーーーーちょっと待って待って! 一緒に行こうよー!!」
「嫌ッスよ!! どうせアレでしょ!? アンタ俺を盾に逃げる気なんでしょ!? 見え見えなんだよ!!」
「どうせなら二人怒られるところを一人に済ました方が何か得じゃん! ちょっと赤也が親切心を見せてくれれば…」
「ふざけんな! だったらアンタが盾になってくれりゃいいっしょ!?」
「私は助かりたいんだよ!!」
「アンタ本当に正直な人間だな!! 俺だって助かりてぇよ!!」
「ほう、安心しろ。 だったら平等に二人ともに制裁を加えてやる。」
「だってさ!! 赤也良かったね!! 二人平等だってさ!!」
「マジッスか!! だったらもうどうでもいいっスね! 争うだけ無駄ムダ! だからとりあえず逃げ…」
「誰が逃がすか。」
「ッスよねーハハッ。」
苦笑いを浮かべながら方向転換すると後ろからガッと肩を掴まれた。
それはもうゴツイゴツイ手に。
この手の持ち主が先輩であるはずがない。
いくら先輩でも体は女だ。
つまりは途中から俺と先輩の二人の会話に入ってきた第三者のモノということになる。
ああ、アーメン。 南無阿弥陀仏。
もう何かよくわかんねぇし何だっていいけど、
とにかく誰かこの手を俺の肩からどけてくれねぇかな。
「いつまで水をうっとるつもりだ赤也!!!」
「ハイすんませんんんんんんんんんんん!!」
「!! お前は今日柳生に誕生日だと嘘をついて昼食を奢らせたらしいな!!」
「ひぃっ何でバレた!? つーか今怒ってるのそれ!?」
「二人ともそこに並べっっっ!!」
「んげぇっ!!」
すごい剣幕の副部長の威圧におされ、部室の前に背筋を伸ばして並ばされた俺と先輩。
制裁だと言って与えられた副部長の拳骨が俺と先輩の脳天をぶち抜く。
もちろん先輩は柳生先輩を騙した分と無断で遅刻した分の二発。
そんな俺達の痛みも露知らず、少し離れたコートで練習していた部員達にまで副部長の怒鳴り声が聞こえてきていたそうだ。
ただ、俺の隣で正座させられている先輩の目頭が少し赤くなっていたことなんて、俺は知らない。
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2007.07.05 執筆
久しぶりに更新。
夏ですね。夏ですよ。
彼らももう三年生の夏ですよ。