Warm Corner 101
、鈍いお年頃です。
「お、ジャッカル君今日も一段と黒いね!」
「……か。 お前は今日も一段と失礼だな。」
そういうお前が失礼だろコラ。
せっかく文句なしのいい天気だったからちょっと気分良くスキップしてたのに。
テンション下がったじゃない。
このまま通り過ぎるのもありだったが、自分から声をかけてしまった以上仕方なくジャッカル君の隣に並んで歩く。
「それにしても昨日は大変だったらしいな。 柳に聞いたぞ。」
「……嫌なこと掘り返さないでくれる? さらにテンション下がるじゃんか。」
しょぼんと肩を落として恨めし気にジャッカル君を睨み上げる。
そうだそうだ。 昨日は本当に大変だったんだぞ。
あの後、丸井君は無言で部活行っちゃうし、部活では思いっきり避けられるし。
あーあ、朝練でもまた避けられるんだろうなー。
挨拶すべきかな。 やだな無視とかされたら。
「ほんと、丸井君どうしちゃったんだろうねー。 らしくないよ。」
「アイツはな、たまにワケわかんねぇ行動起こすからな。 赤也と一緒でアイツも結構手がかかるぜまったく。」
「苦労多いね、ジャッカル君。 頑張ってね。」
「いやお前もだって。 あんま暴走すんなよ。 止めるの誰だと思ってんだよ。」
んだと!私のどこが苦労かけてるってんだ!
いつ!どこで!地球が何回まわった時アンタに迷惑かけたよ!!
ジャッカル君は深々と溜め息を吐きながら部室のドアを開ける。
「お、早いな。 仁王、ブン太。」
「おはようさん。」
「じゃ、俺先行ってるわ仁王。」
「はいよ。」
先に着替え終わっていた丸井君がまだ着替え途中の仁王君を置いて部室を出て行く。
その際、私とジャッカル君の横をスッと通り過ぎる。
何あれ、超感じ悪いんだけど!!!!!!!!!!!!
「ほれ、お二人さん。 ボサッとしとらんでさっさと着替えんしゃい。」
「…ん、ああ…そうだな。」
仁王君が着替えるように促すと、
さっきの丸井君に対してあまり気にしてないジャッカル君が部室の奥へと入って行き、自分のロッカーの前で着替えを始める。
反対に、なかなかその場から動こうとしない私を見て、仁王君が苦笑いを浮かべて私のもとへとやってきた。
「照れとんじゃ。 気にしなさんな。」
「はあ? あれのどこが照れてんのよ。 真顔だったわよ真顔!」
「じゃからあれは照れ隠し。 強がっとるんよ、ブン太も。」
「…意味わかんないよ。 絶対あれ怒ってるじゃん。」
「まあまあ、そう落ち込みなさんなって。」
仁王君が私を部室の中に無理矢理突っ込むと、
ちょっとだけドアの向こうを見渡してからそのままドアを閉めた。
「葛藤しとるんじゃ。 思春期やからのう。」
「葛藤? 思春期? 丸井君が?」
「そうそ。 中学生っつったら思春期真っ最中じゃろ。 ま、アイツは自分の事を知らなさすぎなんよ。」
「…そういう仁王君だって中学生でしょ。 何すべてを悟った言い方してんのよ。」
「プリッ。」
変な擬声語を発した仁王君は「鼻につく言い方しよるのう」と言いながらジャージのチャックを上まで締める。
「まあ簡単に言えば自分でもわからずイライラしとったってところか。 運悪く当たられとるんじゃよお前さんは。」
「はあ何ソレ! ちょ、今すぐ締め上げに行ってもいい!?」
「待て待て待て待て!! だから面倒事増やすなって!!!」
「止めるなジャッカル行かせろー!!!!!!!!」
「落ち着いてくれ頼むから!! 仁王も髪括ってないで止めろよ!! コイツの力半端ねぇんだって!!」
「ジャッカルふぁーいとっ。 面倒事はお断りじゃ。 先行っとるよ。」
「仁王ー!!」
暴れる私を後ろから羽交い絞めにしながらジャッカル君が叫ぶ。
ちょ、耳!! 耳痛いから!!
耳元で叫ぶなバカジャッカル!!
仁王君が耳に指を突っ込みながら出て行ったところで私の暴走も一時ストップする。
そうすると自然とジャッカル君の力も緩んで、背後から盛大な安堵とも言える溜め息が聞こえた。
「……丸井、覚えてろよ。」
「ぼそっとそういうこと言うの止めてくれ、頼むから。」
「だって聞いたでしょ!? 私八つ当たりされてるのよ。」
「…仁王の言うことだ、そう簡単に信じんなよ。 違うかも知れないだろ。」
ほーそうですかそうですか!
結局アンタは丸井君の味方なんだそーなんだ!
「てことはアンタも私の敵だジャッカル!! 今日から私に半径一メートル近付かないでくれたまえ!!」
「何でだよ! てか一メートルって結構近いぞ。」
「じゃあ十メートル! これでどうだ!!!」
「…今度は行き過ぎだろ。 はあ。」
むかちーん。
その溜め息は何の溜め息なのかな。
私に呆れてるの?
それとも日頃の疲れが表に出ちゃっただけ?
どちらにせよ、この男も今日から私の敵だわ。
脳内インプット完了よ。
丸井共々仲良く葬り去ってやる。
「睨むなよ、悪かったって。」
「何に対しての悪かった?」
「…………、」
「はいアウトー。 残念でしたー。」
「…………。」
何よその目は!!!
残念な眼差しで見つめてくんな!
なんだか悲しい気持ちになってくるじゃない!
ジャッカル君のせいで気落ちしてしまいそうになっていたら
ガチャリとドアノブの音がしてゆっくりと部室のドアが開いた。
「何だ、お前達だけか。」
「柳、…おはよう。 柳にしてはちょっと遅いな。」
「ああ、おはようジャッカル、。 電車が事故で少し遅くなったんだ。」
この手のアクシデントはさすがに予測できないからな、と苦笑ってネクタイを緩めた。
それをじーっと湿っぽい視線で見つめていたら、ふいに柳君が私を見る。
「そんなに俺の着替えを見たいのか、。」
「柳君にしては笑えない冗談だね。 思わぬ電車事故で脳の螺子ぶっ飛んじゃったの?」
「ジャッカル。 今日のは言葉の端々に妙に棘があるが、どうしたんだ。」
「…昨日の延長線だよ。 もう朝から手に負えねぇっての。」
何よ、だからその目やめてよ!
アンタのその目は何故だかものすごく悲しくなるのよ!
ジャッカル君の返事に柳君は「なるほどな」と呟き、私をじっと見つめて
「その件はもう気にする事はないぞ。 次期に向こうから謝ってくる。」
「え、なんで?」
「最初はいろいろ戸惑ったみたいだが、一日考えて整理も出来たことだろう。 昨日の帰りに仁王と話を聞いてやった事だしな。」
「仁王君と? …でもさっき仁王君が私八つ当たりされてるって。」
「………仁王か。 本当にアイツはどうしようもない奴だな。」
困った顔をしながら柳君は息を吐いて昨日やったみたいに私の頭をポンと撫でた。
前はこれやられると子ども扱いされたみたいでイヤだったけど、最近では高ぶっていた感情がちょっぴり落ち着いてしまう。
「とにかく、今回悪いのは全てあっちだが、丸井の苛立ちの原因はお前だって事だ。」
「……よくわかんない。 結局私が原因なの? なんで?」
「悪いが俺の口からは何も言えない。 確かに言いかえれば仁王の言う通り八つ当たりに変わりはないんだが…
こればかりはどうしようもない。 本人が悪かったと思って謝ってきたら許してやってくれないか。」
「…………、」
何じゃそれ。
何で私が原因なのか気にはなるけど…
まあ別に丸井君が自分の非を認めて謝ってくれるならそれに越した事はない。
気になるけど…
気になるけど…
………やっぱり気になるけど。
「ってワケなんだけど、小百合はどう思う? 私が原因ってどういうこと?」
「ちょっと、話の続きはせめて私がトイレから出てからにしてくれない?」
二番目のトイレから怒気を含んだ小百合の声が聞こえる。
怒られた事にしゅんと項垂れていたらジャーッと水が流れる音と共に不機嫌顔の小百合がトイレから出てきた。
「私も柳君の意見に賛成だよ。 とりあえず悪いと思って謝ってきたらそれで良しとしてあげなさいよ。
丸井君って自分の気持ちに素直なんだけど…。 ちょっと鈍そうだからねー。 でも気づいたら行動早いタイプっぽい。」
「途中から何の話してるのかついて行けてないよ。」
「…………そう、それはごめんね。」
小百合がジャッカル君と同じように残念な視線を鏡越しに向けてくる。
何だろう、今はイラッてくるなあ。
手を洗い終えた小百合はポケットからタオル生地のハンカチを取り出して水分を拭き取る。
それを見て小百合は女の子だなって思った。
私だったらそのまま何の迷いも無くスカートにタッチだし。
「でもま、は今回の彼の行動全て愛情の裏返しって思ってりゃいいのよ。」
「あれのどこが愛情の裏返しか。 どんだけサディスティックなの。」
「はいはい、とにかく! が少しお姉さんになった気分で優しくソフトに包んであげなさい! わかった!?」
「私が…お姉さん?」
……それはちょっと気分がいいかもしれない。
「調子に乗らない程度にね。 顔に出てるわよ。」
「わかってるよ! 大丈夫私優しいからちゃんと面倒見るよ!!」
「…アンタの頭が全然大丈夫じゃないみたいだけど。 何の面倒見るのよ。」
「弟の。」
「誰が姉弟ごっこしろっつったよ!! 気持ち! 気持ちだけちょっと大人になれっつったの!!」
「わかってるって〜。 私お姉さんでしょ? 大丈夫大丈夫心配性だな小百合ちゃんはー。」
「………頭痛い。」
頭を抑えながら小百合は私を置いてさっさと教室へと帰って行く。
酷いよ、相変わらずの薄情者だな。
自分がトイレに行きたいっつーから着いてってあげたのに。
小百合と違ってトイレをするつもりのない私はいつまでもトイレにいてもどうしようもないので
とりあえず教室に戻ろうとトイレを出て右に曲がる。
「っと、わり。」
あ。
「「………。」」
相手もぶつかったのが私だと気づくとそのままフリーズして目を逸らす事も出来ずに立ち止まった。
うわ、気っまず……。
廊下は決して人が一人もいないワケでもないのに、何故か今は二人の世界にいるような気がして、周りは何にも見えなかった。
でも実際はお互い見つめあったままビクとも動かない私達を不審な目で見つめながら廊下を渡る生徒がちらほらいたりする。
「………じゃ、失礼。」
この空気に耐え切れなくなった私が片手を上げて立ち去ろうとする。
さっさとこの場から逃げちまえ。
そう思って必死に立ち去ろうとしたけども、ちっとも周りの景色は変わらないし足だけが前に進んで体は後ろに仰け反っていた。
って、 腕 掴 ま れ て る ー !
「待って。」
「待てない。」
「待てよ。」
「何で言い方偉そうになんのよ。 そこはもうちょっと下手に出るところでしょう。」
待ってくださいでしょ。
待ってくださいませ様と言いな。
「昨日は悪かったな。 仲直りしよーぜぃ。」
………………
(何でそんなあっさりしてんだコイツ!!!!!)
なに!?
何で!?
そもそも何で謝ってんのにガム膨らましてんの!?
「謝る気ゼロですかそーですよね。」
「はあ? 謝ってんじゃんめちゃくちゃ。 ほら、悪かったって。」
「誠意がちっとも伝わって来ないよ! ガム! ガムを吐け!!」
「ああ、そーいや噛んでたっけ。 んだよ、細けぇな。」
「……たるんどる。 マジでたるんどるよアンタ。 たるみすぎて私アンタが怖い…。」
んだよお前って真田みてぇだな と苦笑いながら丸井君はガムを包み紙に吐いてトイレ前のゴミ箱に投げ捨てる。
ナイッシュー!
…じゃないや、私。
ここはちゃんとしないといけないところなんだったわ。
そうよ、お姉さんにならないと。
こいつは弟。 丸井ブン太は弟なのよ。
「まあ今回は特別に私の寛大なる心の広さに免じて許してあげようじゃないの。」
「そ、サンキュ。 心が寛大かはどうだか、ってところだけどな。」
我慢、我慢だ!!!
私はお姉さんお姉さんなの!!!
お姉さんだから怒っちゃダメ!!
キレちゃダメだぞ!!
その震える拳を今すぐ下ろしなさい!!
「………な、んで、」
「ん?」
「何で、怒ってたの?」
何とか高ぶる感情を抑えきった私はヒクつく口元を必死に動かして尋ねる。
たぶん聞かれると予想はしていただろう私の質問に丸井君はちょっとだけ考える素振りを見せ、
「ま、それはいつか教えてやるよ。」
柳君と同じようにぽんぽんと私の頭を叩いて満足そうに笑うと、
そのまま「じゃ、また部活でな。」と言って男子トイレへと入って行ってしまった。
……………って落ち着いてる場合じゃないわ、私。
勝手に自己完結されて上手く丸め込まれた気がするんだけど。
お姉さんは私だったはずなのに。
すっかり弟のペースにハマって、いつの間にか妹の立場に変わっちゃってたんですけど。
「……なんか、腑に落ちない。」
私の小さな虚しい呟きは誰にも聞かれることは無かった。
とりあえず本当にこれで一件落着、仲直りはできた。 …のだろうか。
ものすごく丸井君に振り回された気がするけど……
何か結局何にもわかってないの、私だけな気もするけど……
仕方ない。
それも全て私がお姉さんになったつもりで全て優しくソフトに包み込んであげようじゃないか。
………はあ。 ジャッカル君の苦労が身に沁みてわかった。
丸井君が彼女と一日で別れたって聞いたのは、その後の部活の時だった。
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2008.09.02 執筆
分りづらかった人の為の解説。
いつものノリで付き合ってみたはいいが、何故だかヒロインにその事について突っ込まれるのが嫌だったのに
興味津々に質問してくるヒロインの存在にワケもわからずイライラして、イライラを持て余したのでとりあえず当り散らして、
一日考えてやっとその原因が何なのかに気づいて清々しく吹っ切れたブン太君のお話。
ブン太視点を書かないと成り立たないお話でした。
しかし力尽きたのでとりあえず解説で全て誤魔化します。
まあ、とりあえず一話で終わらすはずが…長かった。