赤い痕は俺の涙

 

 

 

 

 

泣くなよ。

うぜぇ、泣くなっての。

つーか何でアンタが泣くの?

普通、泣きたいのはコッチでしょ。

 

でも、知らない。

俺は泣かない。

 

アンタの赤い痕(ソレ)が消えるまでは。

絶対に、泣いてなんてやらないから。

 

 

 

 

 

、おめでと今日で一ヶ月だよね!!」

 

 

 

果たして、アイツが覚えてんのかさえわかんない。

そんな言うほど昔の話じゃないけど、でも最近の話でもない。

やっぱこれは過去になっちゃってんのかな。

けど数えてみれば、ほんの五ヶ月前の話。

 

 

 

「え、覚えててくれたんだ小百合! ありがと〜!!」

「あったりまえじゃん! このあたしが友達の記念日忘れるわけないって!」

「えー小百合、杏璃と蓮の記念日は忘れてたくせによく言うよ〜。 だけズルイって。」

「ちょ、だから違うってば! あれは連休挟んでたからさ〜…」

 

 

 

俺はアイツ、に手を出した。

 

 

 

っつっても、殴ったとか暴力的な意味じゃなくて。

ただ単に直球に言っちゃうと、ヤっちゃった、みたいな?

 

 

 

「もういいってどうせ小百合は大好きッ子だからね。 まあ杏璃もね、に彼氏が出来て嬉しいよ。 おめでと、!」

「へへ、ありがと杏璃! って言っても付き合ってまだ一ヶ月なんだけどね。」

「大丈夫大丈夫。 相手があの丸井先輩ってのは心配だけどとならきっと続くよ。」

「なーにを根拠に…。 でも続くといいな、ブン太君と。」

がそう思ってんなら大丈夫だって。 聞いた噂では丸井先輩ってばに惚れ込んでるっぽいしねぇ。」

「何ソレ、そんな噂聞いた事ないって。 あ、そういえば今日ね…」

 

 

 

騒がしい教室の中で、そこだけの会話しか俺の耳には届かない。

アイツの声、アイツの後姿。

忘れもしない、五ヶ月前。

 

 

 

『おい切原、お前飲み過ぎ。 帰れんの?』

『…余裕ッスよ。 ダーイジョーブ。』

『バーカ目が据わってるっつの。 おーい、切原と同じ方向の奴いる?』

 

 

 

夏休み、クラスの飲み会。

まあクラスの半分も来てなかったけど、結構メインのメンバーは集まってた。

適当に飲んで騒いで終電間近になって、現地解散って話になった、そん時の事だった。

まあ、その辺のやり取りはあんまり詳しく覚えてねぇけど…。

 

 

 

『あ、確か私一緒だったよ。 朝とかよくバス停で会ったし、ね、切原君。』

『あー…そだったっけ? 知らね。』

『何ソレ…酷。』

『まあまあ。 たぶんコイツ酔い過ぎて今頭働いてねぇだけだから。』

『じゃあ切原はに任せて大丈夫だよな? 家わかる?』

『家まではわかんないけど…バス停までなら送れるよ。』

『よっしゃ、頼んだぜ! サン!!』

『ちょ、酒臭いよ切原君! ちゃんとしっかり自分で立って!』

『テメェ切原! 酔ってるからって調子乗んなよ!! から離れろ!!』

『んだよケチくせぇな…。』

『ふざけんなこの酔っ払いが!』

 

 

 

酔った勢いで抱きついたら、シラフな男子組みに無理矢理引き剥がされた。

ったくノリ(・・)だっつのノリ(・・)

ハイテンションの俺に呆れながら、今度は俺抜きでに何かを必死に伝えている男子。

たぶん俺に気をつけろとか言ってんだろどうせ。

は『わかった』と頷いてソイツらに別れの挨拶を告げたあと、夜の空気に当たっていた俺の元へとやってきた。

 

 

 

『それじゃ、帰るよ切原君。 歩ける?』

『だから余裕だって。 言うほど酔ってねぇし。』

『はいはい、だったら真っ直ぐ歩いてね。 さすがに私担いでは帰れないから。』

『バーカ女に担がれてたまるかって。 むしろを担いでやろっか?』

『いらないよ…私は切原君と違って酔ってません。 はあ、本当に大丈夫なの?』

 

 

 

とは仲が良いってワケでもなければ、全く話さないって仲でもなかった。

まあ、ぶっちゃけただのクラスメート。

立海大附属高校二年五組に存在する、一男子生徒と一女子生徒の関係。

 

だからこうして夜の帰路に着く事なんて、今まで一度もなかった。

ましてや、こんな風に二人きりになることなんて、有り得なかった。

 

 

 

『なあ、今思ったけど、何で歩き?』

『バスの最終はとっくに無くなってるからだよ。 電車じゃないもん私達。』

『あーナルホドね。 にしても夜の空気は気持ちいいなあー!』

『…そう? まあ火照った身体には丁度いいかもね。 早く酔い醒ましなよ。』

『んだよ、これくらいが丁度楽しいんじゃん。』

 

 

 

いつだったか、可愛いって、誰かが言ってた。

いつだったか、狙おっかなって、誰かが言ってた。

 

俺も、コイツの楽しそうに笑う顔、嫌いじゃなかった。

 

 

 

『なあ、…』

『ん?』

 

 

 

ちょっと雰囲気出して、見つめてみた。

目を瞬かせて、俺の次の言葉を待っている。

 

うん、悪くない。

 

考えて、俺の口元が自然と綻ぶ。

このチャンス、もーらった。

 

 

 

『ちょ、きりはっ…』

 

 

 

忘れもしない、五ヶ月前の出来事。

俺はアイツ、に手を出した。

 

 

 

好きでもない、ただのクラスメートに。

壁に押さえつけてキスして、唇の感触味わって。

酒臭いって言われようが、放してって言われようが、何のつもりって聞かれようが。

ただ、本能のままに突っ走って。

ひと気のない路地裏、月明かりがアイツの赤らんだ頬を照らす。

 

そっと離れて見つめ合う。

潤んだ瞳で見上げたアイツが言った。

 

 

 

『バカ』

 

 

 

そう、俺はバカ。

テニスしかしてこなかったただのバカ。

未だに英語なんてちっともわかんねぇし、追試ばっかだし。

単位落としそうになってセンパイ達に付きっ切りで勉強会させられるし。

 

 

 

『そりゃどーも。』

 

 

 

とっくに酔いは醒めて、冷静さを取り戻したいつもの笑みが口元に浮かぶ。

ああ、今最高に気分がいい。

何でかわかんねぇけど、文句なしに気分がいい。

 

俺の返しにムッとした表情を浮かべるは確かに可愛い。

頬はまだ赤くて、艶っぽい唇が魅力的。

黙ったままもう一回だけ優しく口付けて、音を立てて離れると、

 

 

 

少しだけ名残惜しさが俺の胸をチクリと刺した。

 

 

 

今日丸井先輩と一緒に帰るんだよね?」

「うん、記念日だからね。」

「え、じゃあ部活終わるの待ってんの? 確か丸井先輩ってまだ部活に顔出してんでしょ?」

「そーだよ。 だから昨日の英語の宿題やりながら待ってようと思って。」

「そっかあ、いいな〜。 あたしら一緒に残ってなくて平気?」

「うん、大丈夫だよありがと。」

 

 

 

あれから特に何も無い。

会話も無ければアイコンタクトすらねぇ。

それが今までの俺達の関係だったし、周りから見ても可笑しくもなんとも無い。

 

それが自然。

だけどそれが不自然。

俺にとって、にとって、自然である事が、不自然。

 

 

 

「よっしゃチャイム鳴ったあ〜!!」

「さーて部活だ部活!!」

「こぉら渡瀬桐山!! まだ礼してねぇだろうが席につけ!」

 

 

 

忘れちまいそうになるほど、何事もなかったように、今までどおり。

次の日にちょっとだけクラスの男子に手を出してないか聞かれはした。

けど、鼻で笑って出してねぇよって言えばアイツらは俺を信用してないのか、にも聞きに行ってた。

アイツらが怒鳴ってくることもなかったから、きっと出されてないって言ったんだろう。

ま、出したけどな。

 

 

 

言えば良かったのに。

切原君とナニかありましたって。

言えば良かったのに。

切原君に手を出されましたって。

 

 

 

言えよ。

言ってくれりゃ、よかったんだ。

 

 

 

そしたら、嫌でも現実だって思えたのに。

 

 

 

今じゃまるで、あの日の事が、夢みたいに、儚い。

 

 

 

「お、切原、いつも一番に教室飛び出して行くのに、今日はいいのか?」

「あー別に。 それより先生、宿題やめてもらえないッスか。 多すぎ、やる気起きない。」

「……あのなぁ、テニスで忙しいのもわかるが、お前は一般常識もちゃんと学べ。」

「っつっても白紙の宿題見つかる度に先輩から拳骨くらうんスよ。 覚えた内容も記憶吹っ飛びますって。」

「ははは、いい先輩持ったな切原。 あ、昨日と今日出した宿題、やらないといい加減お前単位落とすからな。」

「んゲッ、……ちなみに、いつ提出ッスか?」

「明日の放課後までだ。」

「はあ!? 早く言えよバカ!!」

「先生に向かってバカとは何だ! わかった、幸村と真田にしっかり伝えておくから頑張れよ。 じゃーな切原。」

「ちょっ、……………マジで?」

 

 

 

何で、あの日のアレは何だったのって聞いてこないワケ?

聞かれても、別に何もないけどさ。

でも、何で何事もなかったように時が経って、アンタはちゃっかり丸井センパイと付き合ってんだって。

 

それって何か、可笑しくねぇ?

 

 

 

「じゃあまた明日話聞かせてね、!」

「うんっ、バイバイ!」

「バイバーイ!」

 

 

 

俺と、の、たった二人の秘密事。

この響き、俺は嫌いじゃない。

だけど、あの事が本当にあった事なのか、俺の中でしか存在していない出来事なんじゃないかって。

そう思うたびに、胸がざわめく。 落ち着かない。

自分で撒いた種に、ただ苛立ちが募る。

 

 

 

「さて、と。」

 

 

 

ひとり、またひとり

 

教室からクラスメートの姿が消えていく。

 

 

 

「送信。」

 

 

 

携帯が嘘を列ねた文章を運ぶ。

嘘ってか、本当って言えば本当のこと。

英語の宿題いーっぱい溜まってるんスよ、俺。

でも今はそれをやる為にここにいるんじゃない。

だから嘘。

本当だけど、センパイに送ったメールは嘘になる。

 

 

 

俺は今、獲物を狩る瞬間を待ってるケダモノ。

 

 

 

、赤也君バイバーイ。」

「あ、バイバイ朱音ちゃん。 また明日〜。」

 

 

 

俺が何も言わずにちょっとだけ頭を下げてそれに答えると、最後の一人が教室を出て行く。

丁寧にもソイツは窓側の席にいると、廊下側の席にいる俺に満面の笑みで手を振って帰って行った。

 

さて、待ちに待ったお遊びの時間だ。

俺は今日一日、この時を待ってた。

いや、一日なんてモンじゃない。 ずっとだ。

ずっと、待ってたんだって。

 

アンタ、また机に向かって何か書き出したりしてるけどさ。

なあ、一体何考えてんの、サン。

 

 

 

かたん

 

 

 

静まり返った教室に、席から立った拍子に動いた椅子の音が響く。

サラサラとノートにペンを走らせていたの手元がピクリと跳ね、一瞬だけ止まる。

 

へえ、何。 一応は意識してんの俺の事?

 

 

 

だったら、話は早ぇじゃん。

 

 

 

サン。」

 

 

 

ビクッ

今度は見てわかるくらい大きく肩を跳ね上がらせた。

俺の事見もしないで「何?」なんて聞いてくるから、気に食わない。

 

その手、止めろよ。

シャーペン置けって。

どうせ適当に書いてんでしょ?

正しい答えなんて考えてる余裕、ないんでしょ?

 

こっち向け。

こっち、俺を見ろよ。

 

 

 

あの日みたいに、なあ、

 

 

 

「一ヶ月オメデトウ。」

「……え、何、急に。」

「お祝いしてやるよ。 俺からのプレゼント。」

 

 

 

潤んだ瞳で俺を見上げてくれよ。

 

 

 

「ちょっ、きりはらっ」

 

 

 

バカって言ってよ。

恥ずかしそうに頬赤らめてよ。

 

 

 

「やっ、ねえ、何!? いたっ…」

 

 

 

噛み付いた細い首筋には俺の歯型がくっきりと残った。

離れて向き合うと、鋭い瞳が俺を刺す。

あの時と違うのは、そんなアンタを照らす光が、月明かりから夕日になってるって事。

それ以外、何も変わっちゃいない。

 

だって、俺とアンタは今でもただのクラスメート。

クラスメートのまま、何も変わらなかった。

こんなにアンタを想っても、何も変わりはしなかった。

 

 

 

「何、何で、何で泣くの?」

 

 

 

泣くなよ。

うぜぇ、泣くなっての。

つーか何でアンタが泣くの?

普通、泣きたいのはコッチでしょ。

 

あの日のまま、置いてけぼりにされた、俺の方っしょ?

 

 

 

「……なあ

「…りはら君はぁ!! 何でこういうことするの!?」

「はあ?」

 

 

 

でも、知らない。

俺は泣かない。

 

 

 

「意味わかんない、何で…チョッカイ出してくるの?」

 

 

 

そいや俺、アンタの事なんて、何も知らないし。

アンタも俺の事、何も知らないし。

だって、俺とアンタは、ただのクラスメート。

 

 

 

「あの時も、今も…からかってるなら、やめて。」

 

 

 

からかってるだけ。

まあ似たようなモノ。

レンアイ感情なんて持ち合わせてなかった、あの日は。

絶対に言いきれる、なかった。

 

 

 

「……あの時から、どれだけ悩んだと思ってるの?」

 

 

 

さあ、知らない。

悩んでたワケ、あれで。

アンタ澄ました顔してたじゃん、ずっと。

何もなかったように、何も言ってこなかったじゃん。

あれで悩んでたんだ、本気(マジ)

 

じゃあ何で、

 

じゃあ何で何も言ってきてくれなかったんだって話。

 

 

 

「ッハ、何? 笑わせんなよ。」

「……え?」

「あーイライラする。 ウゼェ!!」

「ちょっと、きりはっ……」

 

 

 

てことはアンタ、俺からのアクション待ってたんだろ?

あの日からずっと、そうやって澄ました顔して、俺からのアクション待ってたんだ。

 

 

 

だったら今、起こしてやるよ。

 

 

 

「何、その目。」

 

 

 

噛み付く。

耳、頬、顎、首筋。

震える手を握って。

押さえつけて上がる熱。

 

 

 

揺れる瞳。

オレンジに照らされる頬。

艶やかな唇が、魅力的。

 

 

 

「俺が怖いんだ。 それとも、」

 

 

 

噛み付く。

耳、頬、顎、首筋。

抵抗を止めた手を握って。

押さえつけて止まる事を知らない熱。

 

 

 

揺れる瞳。

オレンジに照らされる頬。

艶やかな唇が、魅力的。

 

 

 

「期待してた? こうなるコト。」

 

 

 

噛み付いた。

艶やかな唇。

ビクつく身体を引き寄せて。

吸い付いた。

細い首筋。

 

 

 

流れる涙。

それに気づいてそっと離した首筋に。

綺麗に咲いた赤い痕が、魅力的。

 

 

 

「だったら、アンタ相当ドエムだな。」

 

 

 

笑う。

の顔が歪む。

 

くっきりと残った痕に指を這わせれば、身体がビクつく。

 

泣くなよ。

うぜぇ、泣くなっての。

つーか何でアンタが泣くの?

普通、泣きたいのはコッチでしょ。

 

 

 

「じゃ、お幸せに。」

 

 

 

でも、知らない。

俺は泣かない。

 

 

 

「ああ、それと。 ソレ、隠してないと浮気、バレちゃうよ。」

 

 

 

アンタの赤い痕(ソレ)が消えるまでは。

絶対に、泣いてなんてやらないから。

 

 

 

 

 

だから、俺のシルシが消えちゃう前にさっさと別れちまえよ。

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2009.01.05 執筆  サンキュウ・クラップ!

(じゃないと俺、何しちゃうかわかんないよマジで。)