ギブミーモルヒネ
「ジャッカルー私次も教科書ないの見せてー。」
「またかよ。 お前全教科持って来てねぇだろ。」
「だって重いもん。 それにージャッカルと授業受けたいしー。 きゃっ、なんつって!」
「…頭大丈夫か? 俺ははた迷惑なんだけどな。」
明日は絶対持ってこいよと言いながらさっきの時間くっつけたまんまだった机の間に数学の教科書を置いてくれる。
それだけで笑顔になれる私ってどんだけ乙女なんだ。
だってしょうがないよね。
好きな人と同じ部活でクラスは一緒で席は隣同士ときたらこれを使わない手はないでしょう。
教科書見せてと言うお願いは優しいジャッカルにとってかなり良い手だと自分で思う。
いくら相手が私でも困った顔してお願いすれば断るなんて事まずありえないんだから!
思う存分隣の席を有効活用しなくては。
今のうちに距離をぐんぐん縮めて、そして近いうちに私とジャッカルは……きゃっ、私ったら乙女!
それに私が彼に惚れた部分と言ったら優しさそれのみなんだから。彼の最大限の魅力を感じないと。
優しい優しいジャッカル。
テニス部マネージャーという暑苦しい連中の雑用係として(一部権力により)有無を言わせてもらえず
日々働かされている私に差し延べてくれる彼の日に焼けた以上に黒い手。
クソ忙しい時、さらに仕事を増やしてくれる他の部員とは違って、部活の最中だと言うのにむしろ手伝ってくれるジャッカル。
もう一人の天然可愛い子マネージャー(二年生)ミホちゃんをチヤホヤして私を無下にする
他のレギュラーとは違って平等の優しさを分け与えてくれるジャッカル。
数えればキリがないほど私は彼の優しさに助けられた。
そして惚れ込んでる。
ああ、彼の優しささえあれば私は生きていけると断言してもいい。
だから神様。
私に少しの勇気をなんて謙虚な事は言わないのでどうか私にジャッカルをください!
「あーそういえばさ、ミホちゃんってさ、」
「ミホちゃん?」
「おう、ミホちゃん。」
あーとかうーとか唸りながら必死に言葉を探すジャッカル。
その姿は告白する前の緊張からくる照れに似ているような気がしなくもない。
頬も少し赤身を帯びてるし。
うそ、まさか…。
「彼氏いたりすんの?」
やっぱりーーーーー!!!
「…いないんじゃない? 前に募集中ですみたいなことブン太にアピッてたから。」
「アピッてたって…ミホちゃんがそんなあからさまな事するはずないだろ。 でもそうか、よかった。」
安心したように胸を撫で下ろすジャッカルに胸がズキンと痛む。
何よ、私の気も知らないで幸せそうな顔しちゃって。
ほんっとめでたい奴。
空気読めっての。
最近の若者に多いKYよKY。
「何、好きなの?」
わかっていたけど、聞かずにはいられなかった。
ジャッカルのこれほどまでに決定的な態度を目の当たりにして答えを聞かずにはいられなかった。
この胸の痛みから早く解放されたくて。
まだ付き合ったわけでもないのにこんな嬉しそうに笑うジャッカル、見たくなくて。
私の小さな乙女心を締め付ける呪縛を解き放つ決定打を自ら求めた。
「あれ、知らなかったのか? 結構みんな知ってるんだけどな。」
恋は盲目とよく言ったものだ。
全然知らないってそんなの。
へえーそうなんだーとしか返せず口許はこれでもかってくらい引き攣ったまま。
急に口数が減ったってのにちっとも私の異変に気付かないジャッカルは相当鈍いようだ。
それかミホちゃんに彼氏いないとわかって浮かれているのか。
たぶん後者だろうな。
ジャッカルは残酷だ。
さっきの訂正。
全っ然優しくなんかない。
最低だよ最低!
「まさかジャッカルまでもがミホちゃんの虜だったとは…。 何、男ってみんなああいう女の子代表みたいなのが好きなの?
確かにミホちゃん可愛いけどさ。 あーあーこの世の女はミホちゃんだけかっての。」
「俺はまあそうだな…あーでもそーいうワケじゃねぇぞ。 テニス部の奴らなんかはむしろの方が…、」
「あーそうだ! 私次サボるつもりで教科書持ってこなかったんだー!
ごめんやっぱいいや、代わりにジャッカル後でノートよろしく!」
「あ、こら、ちょっと! !?」
全てを言い終わらないうちにジャッカルの言葉を遮ってちゃっちゃと教室を後にする。
無理だよ無理。
泣くでしょ普通。
立派な失恋を遂げた私が死に物狂いで向かった先は部室。
戸締まりは朝練の後に真田がしてるけどみんな各自合鍵作ってるから(真田、柳、柳生には内緒で)入れるんだよーだ。
合鍵なんて鍵と金持ってったらいくらでも作ってくれるし。
ざまーみろ、絶対誰にも見つからないサボり場なんだから。
思う存分泣いてやる。
「あ、なんだか。」
って先客いるしー!
そっかそっかそうだよね!
部員もここがサボり場だってこと忘れてたー!
馬鹿だわ私!
それにしてもなんてタイミングの悪いことだろう。
「ブン、ブン太…何でここに…。」
「ん? さっきの時間サボってただけだけど、それが?」
「あ、そう…いや、だったら早く次の授業行きなよ。 早くしないと後一分で始まっちゃうよ。」
「んーそれもそうだなー…は次サボり?」
こくんと頷くとブン太はふーんとあまり感心のない返事をした。
「ほらボサッとしてないでさっさと行きなさいよ。 ちゃんは失恋の痛手で泣きそうなの。 気を利かせなさい。」
「はあ? 何、失恋って…お前好きな奴いたの?」
「……まあ、いたのよね。 ついさっきまで。」
「マジ? 初耳…誰? 俺の知ってる奴?」
「べ、別に誰でもいいじゃんか…。 何でアンタに教えなきゃならん。」
「いいじゃん教えてくれたって。 そう言われると気になんだろぃ。」
「あー煩い煩いうるさーい! 放っておいてよ!」
シッシと手を振ると私はロッカーの前に腰を下ろす。
しかしながらこの男、出て行く気配なく、さも当たり前のように隣に座りやがった。
何故出ていかない。
チャイム鳴ったぞ。 遅刻だぞ。
じっと私の顔を見てガムを一枚口の中に放り込むブン太。
ああ、泣きたいほど悲しかったのに焦らされて涙引っ込んじゃったじゃない!
何かむしろ怒りが沸き上がってきた。
「何よ、何でブン太まで座るのよ。 私一人になりたいんだって。」
「あー俺も似たような感じ。 だからサボる。」
「…なに、ブン太も失恋したの?」
「おう。 だからここで感傷に浸ろうかなーって。」
へラッと笑って「俺達同士じゃーん。」なんて言いながら肩に手を置かれた。
…全然失恋したようには見えないんですけど。
でもちょっとだけいつものブン太らしからぬ力の抜けた笑顔だったから
もしかしたら本当なのかもしれないと思って無闇にやたらにキツイことは言えない私。
「…だったら他当たってよ。 ブン太は屋上でも行ってらっしゃい。」
「元はと言えば先客は俺だっつの。 出て行くならの方だろぃ。」
「ヤダ! 私ここがいい!」
「俺だってここがいいんだよ。」
うーと唸りながら睨み合う。
何だか目を逸らした方が負け泣きがして必死にブン太を睨み続けていたら
ふと、一瞬だけブン太の方が不機嫌に眉間に皺を寄せて私から視線を逸らした。
勝った、なんて思う間もなくバシッと勢いよくロッカーに手を突いて私をじっと見つめるブン太の顔が至近距離にあった。
近い近い近い。
何でこんな体勢を取られたのかどうとか言う前にとりあえず離れてもらおうと胸元を押し返そうとしたけど
ニヤリと意地悪な笑みを浮かべたブン太は離れる事なく、むしろその手を取ってさらに距離を縮めてきた。
自然と顔が赤くなって鼓動が激しさを増す。
「な、何かな…丸井君。」
「で、誰?」
「……しつこいな、ブン太。」
「赤也、仁王? それとも…幸村君?」
「何その選択肢…。 てか手、痛いんだけど放してくれないかなー。」
「答えたら放してやるって。 早く言えよ。」
痛がる私はお構いなしでガムをぷぅっと膨らませる得意げな表情を浮かべたブン太の目は真剣そのもので。
何だか獲物を追い詰めた猛獣みたいな…。
いつもヘラヘラしているブン太とは思えないほど声も低くてちょっと怖い。
私はこの緊迫した雰囲気から一秒でも早く脱出したくて一度溜め息を吐くと渋々口を開いた。
「……ジャッカル、ですけど?」
「ジャッカルぅぅぅぅうううううううう? はあ!? ジャッカル!? どこが!?」
「そのリアクション私にも本人にもものすごく失礼だよ。」
「アレのどこに惚れる要素あんだよ! ジャッカルだぞ!?」
「ムカッ、ジャッカルの事悪く言うな! ジャッカルは部内一優しいんだぞ!」
「バッカ、俺だって優しいっつの! それに柳生ならまだしも何でジャッカル!? 納得いかねぇ!」
「別にブン太に納得いってもらわなくて結構です。 それにアンタのどこが優しいか。」
ブン太は相当ジャッカルという回答が予想外の上、気に食わなかったようで
「マジかよ」とか「信じらんねぇ」とか失礼極まりない台詞を遠慮なく吐きまくっていた。
一応私失恋したばっかりの傷心した女の子だってこと、覚えてくれているのだろうか。
たぶんそんな事はこの鳥頭からは綺麗さっぱり消えているに違いない。
はあ、何なんだこの男は。
「で、放してくれるんじゃなかったの? 痛いってば血が止まる。」
「んーやっぱ無理っぽいかも…。」
「ちょ、何ソレ! 約束守りなさいよ! ってかせめて離れてよ!」
「お前のその失恋の痛手っつーの? 俺が癒してやろっか?」
「はあ?」
ブン太のあまりにも突拍子もない台詞に思わず声が裏返る。
何を抜かしてんだこのバカは。
アンタも失恋したんでしょうが、と言ってやろうとしたけどフッと蔭る視界が私の気を紛らわせて
「うん、って言ってくれれば俺の失恋は免れられるんだけど?」
気が付いたら思っていたよりもっと近くにあったブン太の顔に思わず心臓が飛び跳ねる。
そのまま落ち着くことなく速度を増す鼓動が私の顔をみるみるうちに赤くしていく。
この言葉の意味がわからないほど、私は子どもじゃない。
今しがた失恋したばかりだってのに、挑発的なブン太の瞳に思わず頷きそうになる。
それほど、目の前の彼はとても魅力的だった。
そして君は私が逃れられないようにそっと、麻薬にも似た鎮痛剤を与える。
「ジャッカルなんかより俺の方がずっと優しいしいい男だと思うけど、騙されたと思って癒されてみねぇ?」
そして私は二度と手放せない麻薬のような存在に手を伸ばし、頷くんだ。
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2008.06.22 執筆 2009.01.05までの拍手お礼夢
(失恋の痛みを麻痺させるには新しい恋を。)