僕ら最後の夏の唄

 

 

 

 

 

照りつける太陽。

暑いって言ったら隣のアイツに怒られた。

額に滲む汗も、急いで飲んだ冷えたドリンクも。

 

 

 

「じゃーな、。」

 

 

 

全てが君を思い起こすものばかり。

 

 

 

「元気でね、みんな!」

 

 

 

君の笑顔が、夏の終わりに消えていく。

そう、気がつけば、蝉ももう鳴いていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なん、て?」

 

 

 

侑士の声だけが部室にぽつんと響く。

俺らはアホみたいに口を開けてただただフリーズ。

このとき、まだ蝉は鳴いていた。

 

 

 

「だから、私、転校するの。て・ん・こ・う!」

「何でやねん、冗談やろ?いつ!?」

「夏休みいっぱいはこっちにいるけど、新学期から向こうの学校に行こうと思って。」

「つまり…夏休み明けからちゃんは氷帝からいなくなっちゃうって事?」

「そういうこと。だから慈郎君、それまでに自分で起きれるようになっててね。」

「……マジかよ。何でまた…、」

 

 

 

転校ってどこに、と宍戸が聞けば、はあっけらかんと「青学」と答えた。

ああ、青学ね。青学。

……青学!?

 

 

 

「近ッ!」

「うん、だから会えないってわけじゃないよ。そんなに寂しがらないでね、向日君。」

「いやっ、寂しくなんか…いや、寂しいけど…いや、そうじゃなくて…!!」

「動揺しすぎだ、バカ。」

 

 

 

跡部にコツンと頭を小突かれちょっと深呼吸。

冷静さを取り戻してもう一度口を開く。

 

 

 

「向こうに行っても…マネージャーとかすんのかよ?」

「いーや、予定は無いな。向こうに行ったら帰宅部かな。」

ちゃん青学のマネになんてなっちゃダメだよ〜。俺寂C〜。」

「でもあれちゃう?青学のマネになったら試合とかで会えたりするんちゃう?」

「そんなことしなくてもちゃんと試合見に行ったりするよ。青学を応援するか氷帝を応援するかはわかんないけど!」

「もちろん俺達に決まってんだろ。青学を応援なんかしやがったらお前、わかってんだろうな。」

「はいはいわかってますよ、跡部様。」

 

 

 

近いからって、安心した。

この時は誰もが動揺しながらも笑ってた。

でも、心に住み着いたモヤモヤは取り払えない。

日が経つにつれて、それは大きさを増す。

それはどんどんでっかくなっていって、消える事はなかった。

 

 

 

「もうすぐだろ、転校。引越しの準備はできてんのかよ。」

「うん、ばっちり。私の部屋ってあんなに広かったっけってくらい綺麗さっぱり物がなくなった。」

「ゴキブリとか出てこなかったのか?」

「出るわけ無いでしょレディーの部屋に!アンタと違うわよバカ!」

「そうかー?お前の部屋汚そうだけどな。」

「向日君より断然マシです!!」

「それにしても暑ぃなー。おい、タオルとドリンク。」

「ったく、暑い暑いって言わないでよ。こっちまで暑くなる。はいどうぞ。」

「暑ぃもんしょうがないじゃん。サンキュ。」

 

 

 

暑いって。

くらくらする頭を振って見つめる先は蜃気楼。

差し出されたタオルで汗を拭ってからからになった喉を潤す。

割れるように煩い蝉の鳴き声に自然と眉間に皺が寄った。

 

 

 

ーこれってこのダンボール〜?」

「そうそうお願い慈郎君!あ、宍戸君それこっちー!」

「おい!お前の部屋片付いてなかったじゃねぇか!」

「だってー纏めた荷物の中身って結構使う物ばっかりだったから後から全部取り出しちゃったんだもん…。」

「ったく、しかもやっぱり汚ねぇし。」

「ちがっ!普段は綺麗よ!これは引っ越すから片付けなくてもいいかなーって!!」

「だからって何で前日に俺達がお前の荷物纏めなきゃなんねぇんだよ!!バカ!!」

「きゃーごめんなさーい!!」

ちゃーん!忍足がリビングで跡部とサボってるよー!」

「クソクソ侑士!!跡部お前も手伝わねぇんだったら何しにここ来たんだよ!!」

、岳人、ちょっとお茶にせぇへん?おばさんが紅茶入れてくれたわ。」

「慈郎君人のことサボってるって言いながら何自分もお菓子食べてんのよ…。」

ちゃんこれおいCー!!」

「「………はあ、」」

 

 

 

あと一日。

もうすぐお別れが来るって。

 

わかっているからこの時間、ただただ笑顔でいるっきゃない。

 

 

 

「そういやみんな宿題は終わったの?」

「たりまえだろ。誰に口聞いてんだ。」

「最初から跡部には聞いてません。慈郎君、どうなの?」

「なんで俺だけに絞るのちゃん酷いよー。」

「だってやってないでしょ。三日前に慈郎君のロッカーから白紙の数学のプリント出てきたよ。」

「きゃー見られたー!!」

「見られたーちゃうわアホ。この夏休み何しててんジロー。」

「むうっ、やってないのって俺だけじゃねぇよ。岳人だって絶対やってないっしょ?」

「俺に振るな!!」

「でもやってへんやろ?」

「あーん、どうなんだよ。お前、わかってんだろうな。」

「……やってねぇけどジローよりマシだって!あと国語と生物さえやれば終わるし!」

「国語って結構な量なかったか…?」

「そういう宍戸だってまだ生物やってないっつてたじゃん昨日!!」

「ばっ、あと五ページで終わるからいいんだよ俺は!!」

「あーあ、結局跡部と忍足君以外はやってないんだ。ダメじゃん。」

 

 

 

お別れの日って案外あっさりしてるもの。

俺達が手を振れば、アイツは手を振って。

 

それでおしまい。

 

 

 

「じゃーな、。」

 

 

 

君は笑って。

 

 

 

「元気でね、みんな!」

 

 

 

暑い夏と共に消えてった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぽっかり開いた穴に気がついたのはその後すぐ。

それまでは、本当に何の実感もなかった。

 

 

 

「おっす、今日も欠伸でけぇなジロー。」

「ふあ〜あ。昨日あとべん家で宿題やらされた〜。」

「マジ?全部できたのか?」

「…まあ、それなりに。」

「お前どれだけやってなかったんだよ。」

「全部ー。」

「……バカ。」

 

 

 

始業式。

制服に身を包んだ生徒で溢れかえる。

まだ夏の暑さは残ってんのに俺達は新たな学期を迎えてる。

 

 

 

「なあジロー、あとで国語と生物見せてくんねぇ?」

「……やだ。」

「ケチケチすんなよ!購買でジュース奢ってやるから!」

「………国語だけ?」

「焼きそばパン!」

「国語と生物ね。りょーかーい。」

「………はあ、お前ホント現金な奴。」

 

 

 

舞台の上ではテニス部の代表として部長である跡部が表彰されている。

賞状を受け取って校長に頭を下げてる姿はホント、絵になるわ。

何だよあの角度。

分度器で図ってやったらマジ30°なんじゃねぇの?

 

 

 

「岳人、部活行こうぜ!」

「お、宍戸ちょうどいいところに。ジローの生物写してから行こうぜ。」

「バーカお前やって来なかったのかよ。激ダサ。俺昨日やったし。」

「はあ?何だよ、結局俺だけかよ!!」

「はいはい、じゃあ向日岳人は宿題写すのに部活遅れますって伝えといてやるよ。」

「ちょ、腹痛でトイレっつってて!五分で行く!」

「いーや、十分はかかるな。」

「じゃあ十分!!」

 

 

 

書けたらジローの分も一緒に出しててやるって言ってとりあえず、人がまばらにいる教室で

机に張り付いてしゃかしゃかしゃかしゃかシャーペンを動かす。

やべ、手首攣りそう。

 

 

 

「遅れてすいやせんしたー!」

「で、宿題は写し終わったのか?」

「もうばっちり…ってゲッ、跡部!!」

「ほお、いい身分だな向日。」

「悪かったって!今度から自分でするから!」

「それ、春にも同じことを聞いたがな。」

「三度目の正直!冬は絶対自分でする!!このとーり!!」

「……次はねぇぞ。」

 

 

 

やりぃ!

跡部はやっぱり何だかんだ言ってちょろいちょろい!

何かまだこっち見て疑ってっけど、俺知らねぇー。

 

 

 

「着替え終わったらアップして邪魔になんねぇように第二コートでまずラリーをしろ。」

「へいへい。侑士達は?」

「もう終わった。たぶんまだ樺地があいてるから樺地とやれ。」

「樺地ぃ〜?俺アイツとやんのヤダって。力強ぇもん。」

「人様の宿題写して遅れてきた奴が口答えすんじゃねぇ。お前の相手は樺地だ、わかったな。」

「…へーい。」

 

 

 

一年のくせに俺より力強いってどーよ?

しかも俺よりでかいってのどーよ?

あーあ、最悪だぜ。

さて、シューズの紐結んで、ラケット持って。

アップもばっちし。

 

 

 

「うっし、樺地ラリーすんぞ!」

「……ウス、」

「っしゃー!お前、力加減しろよ!」

「………ウス。」

 

 

 

飛んで跳ねてジャンプして。

汗が額を伝ってシャツに滲み込んでく。

 

照りつける太陽が俺の形の影を作って

いつの間にか消えた蝉の鳴き声の代わりに「氷帝ファイオー」という掛け声が辺りに響き渡る。

 

 

 

「っふぅーあっちぃー!タオルとドリンク!!」

「あ、はい!」

「ん?」

 

 

 

照りつける太陽。

暑いって言ったら隣のアイツに怒られた。

額に滲む汗も、急いで飲んだ冷えたドリンクも。

 

 

 

「あー暑ぃー!」

「ほんと、暑いですね。早く秋になってほしいッス!」

「……あーそだな。」

 

 

 

誰だって一年生が俺にタオルとドリンクをくれる。

ホントにコイツ誰だ。

 

 

 

「なあ跡部、新しいマネージャー入れねぇの?」

「あーん、うちには必要ねぇだろ。一年部員で十分だ。」

「なんでだよ。前はがいたじゃん。それに男にタオルとドリンクもらってもなー…。」

 

 

 

いや、違う。

きっと、新しいマネージャーが入ってきても今の俺は何かとケチをつけちまう。

 

跡部だって入れないんじゃない。

入れたくないんだ。

以外のマネージャーを、まだ。

今はまだ、受け入れられそうにない。

 

 

 

「ま、あれやな。がおらん部活に慣れるまでは…やな。」

「……慣れんのかな。」

「慣れるよ。来年の夏までにはきっと。」

「…………、」

 

 

 

いや、無理だと思うけどな、俺は。

 

夏までに慣れなきゃ、きっと無理だ。

 

夏が思い出させるだろ。アイツを。

 

夏に過ごした日々が、アイツを連れて来るから。

 

 

 

 

 

照りつける太陽。

暑いって言ったら隣のアイツに怒られた。

額に滲む汗も、急いで飲んだ冷えたドリンクも。

 

 

 

「じゃーな、。」

 

 

 

全てが君を思い起こすものばかり。

 

 

 

「元気でね、みんな!」

 

 

 

君の笑顔が、夏の終わりに消えていく。

そう、気がつけば、蝉ももう鳴いていない。

 

 

 

 

 

そしていつか、再び蝉が鳴き始めるまでには ―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

君を想い出に変えてしまえたらいいのにな。

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2008.09.10 執筆  サンキュウ・クラップ!

(次会った時は笑って「久しぶり!」って言えるようにならないと。)