クローンダイヤを握り潰した白昼夢

 

 

 

 

 

落ちた。

確かに落ちたんだ。

 

この目で見たはずなのに。

君はなお俺の目の前で笑ってる。

 

 

 

 

 

ねえ、何で?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スキだった。

可愛くて可愛くて可愛くて。

抱きしめても抱きしめても溢れ出る愛しさ。

 

その感情に嘘偽りなんて無くて。

ただ、好きだという感情だけがぐるぐるぐるぐる渦巻いて。

 

 

 

 

 

!」

 

 

 

 

 

その名を呼ぶと大きな目が俺の方へと向けられる。

そして俺だとわかると惜しげもなく歯を見せて笑うんだ。

 

 

 

 

 

「ジロー、」

 

 

 

 

 

彼女の名は、

二年の時のクラスメートで、今は隣のクラス。

去年はいっぱいいっぱいお世話になっちゃって、今年もたまにお世話になってる。

 

ほら、俺ってすぐにどこでも寝るから。

偶然隣の席になった時、が世話をしてくれた。

そして今も、それが癖になっちゃって俺はに世話をしてもらいに自ら足を運ぶ。

 

 

 

 

 

「もうすぐテストだからノートコピーさせて、でしょ?」

ってばよくわかってるー。 シクヨロシクヨロ!」

「いいよ、ジローにノート貸したら返って来ないかもしくはヨダレでくしゃくしゃにされちゃうから様が直々にコピーして持ってきてあげる。」

「マジマジ!? 優Cー!! じゃあ遠慮なく頼んじゃおっと。」

「任せなさい。 明日にでも教室持ってってあげるよ。 じゃあ私次太郎だから音楽室行かなきゃ、またね。」

「うんうんまたなー!!」

 

 

 

 

 

手をブンブン振って音楽室へ向かうの背中を見送る。

が階段へと続く曲がり角を曲がり、その姿が見えなくなったところでピタリと手を止めた。

 

――― 何で、だろう。

 

下ろした手をじっと見つめてそのままギュッと握り締める。

汗ばんだその手が少し気持ち悪い。

 

 

 

 

 

何で彼女は笑ってるんだろう。

 

 

 

 

 

額には大量の汗。

テニスしてる時みたいに、だらだらと俺の額やら頬やら首筋やらを伝う。

気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。

全身が波打つように血液を激しく循環させている。

 

 

 

 

 

あの日、落ちた。

彼女は落ちた。

俺の目の前で、俺に手を伸ばして、俺の名を呟いて。

 

 

 

 

 

確かには落ちたはずなのに。

 

 

 

 

 

「……やべ、頭いてぇ、」

 

 

 

 

 

は俺のカノジョなんかじゃない。

だけどのことはスキ。

抱きしめたり、膝枕してもらったり、甘えたりもした。

もそれを嫌がらなかったし、普通の友達と話すように俺とも話してくれた。

 

そう、だから俺だって、友達だったんだろ?

 

 

 

 

 

『ジロー、』

、あのさ、』

『ジロー私ね、』

 

 

 

 

 

「おっすジロー次体育だぜ! こんな所で何してんだよ。」

「早く着替えないと間に合わないぜーって聞いてんのか? 立ったまま寝てる?」

「もういいや放ってこうぜ。 どうせいつも遅刻してんだし、コイツの事だから始まった頃にふらりと来んだろ。」

 

 

 

 

 

遠ざかっていく宍戸達の声。

時折笑い声を交えながら体操着を身につけたアイツらは廊下を歩いて行く。

 

まって。

待ってってば。

俺を置いてかないで。

今行く。

今行くから一人にすんなって。

言っとくけど俺体育は滅多に遅刻しないんだって。

なあ、宍戸?

なあって。

待てよ。

待てって!!

 

 

 

 

 

『ジロー私、彼氏できたの。』

 

 

 

 

 

嬉しそうに笑う彼女。

ちょっと頬赤らめて。

 

逆に俺は一瞬だけ引き攣った笑み。

 

 

 

 

 

『ジローと一緒のテニス部の、宍戸君だよ!』

 

 

 

 

 

知ってたよ。

に聞く前から、聞かされてたし。

誰から?

決まってんじゃん、宍戸から。

 

だって友達だもん。

部活仲間だもん。

だって、も宍戸も俺の大事な友達だったし。

 

 

 

 

 

そう、俺は友達だったんだよ。

 

 

 

 

 

――― キーンコーンカーンコーン

 

 

 

 

 

ばたばたと騒がしい廊下に響く足音。

いち、に、さん、し、ご、………

一体何人の生徒が慌てて教室に飛び込んでいるんだろう。

 

俺は?

そのまま廊下で棒のように突っ立ってる。

チャイムが鳴ったってのに暢気に廊下を歩いてる先生が俺に教室入れって一声かけて行く。

それだけ?

他にはもっとないの?

今の俺見て可笑しいと思えよ、バカだな。

それに俺次体育だっつの。

着替えなきゃ。

着替えてグラウンド出なきゃ。

 

 

 

 

 

『ねえねえ、部活って私が見に行っても支障ない?』

『……さあ、たぶん無いんじゃない? だってコートの外跡部のファンだらけだし。 が一人増えてもわかんねぇ。』

『そっか、だったら行こうかな、今日。 ちょっと彼女っぽいことしてみたいし。』

 

 

 

 

 

いつも可愛いなって思ってた笑顔も、その時は正直何笑ってんだって思った。

何か存在が邪魔で。

俺の傍から離れてほしくて。

 

今考えても素っ気無かったと思う。

寝起きの俺でもにはもっと優しかった。

だっては良い奴だし。

嫌われたくなかったし。

 

 

 

 

 

『じゃあ今日の部活一緒に行ってもいい? コートまで案内してよジロー!』

『ええー…俺今日ちょっと睡眠とってから出る予定なんだけど…、』

『なーに言ってんの。 チクるよ、跡部君に。 じゃあとりあえず、宍戸君には内緒ね。 部活終わった頃に驚かすから。』

『はあ〜? ヤダって。 俺眠いC…、』

『ちょっと、今日のジローやけに冷たいよ。 とにかく放課後迎えに行くからちゃんと待ってなさいよ。』

 

 

 

 

 

ウザイ。

何?

お前誰だよ。

何で俺を頼るんだよ。

何で、こんな時もにとっての友達は俺なの?

 

 

 

 

 

ハッキリ言って、俺はと宍戸の二人を祝福なんてしてやれない。

良かったねとか、お幸せにとか、そんな言葉ちっとも浮かんでこない。

言いたくもないし、嘘でも声に出そうとも思わない。

 

何故だかなんて、今さら言いたくもないけど。

 

 

 

 

 

「…っ、吐きそ…、」

 

 

 

 

 

ふらふらふらふら。

トイレに直行。

静かになった廊下には教室から漏れる先生の声がところどころ響いて聞こえる。

 

うえ、おえ、

吐きそうなのに何にも出てこない。

そういや朝飯って食べたっけ?

そんなこと一々覚えてないや。

 

 

 

 

 

『ジロー待ってよ。』

『待ってるー。』

『待ってないじゃん! ジロー階段下りるの早いって! いつものらりくらりしてるくせに!』

『えー何か言ったー? 早く下りといでよ遅いって。』

『ちょ、だから待ってって!』

 

 

 

 

 

階段の上の方からの怒鳴る声が響いて聞こえてくる。

俺達以外の生徒はいない。

だって、生徒が帰る頃は俺、教室で寝てたんだもん。

そしたらが教室に来て俺を起こすのに数十分かけて、やっと今階段下りてる状態?

だからこんな中途半端な時間に階段下りてる奴って俺としかいないってわけ。

 

 

 

 

 

『もージロー待っ……ッ!!!』

 

 

 

 

 

あれ、夢?

これって俺の、夢だっけ?

 

 

 

 

 

いや、夢じゃなかった。

今でもハッキリ覚えてるし、確かにこれは現実だった。

 

 

 

 

 

落ちる。

彼女は落ちる。

目を見開いて、俺の目の前で落ちた。

 

 

 

 

 

一瞬だけ掠めた俺の服の裾。

彼女が俺に助けを求めて掴めなかった腕。

階段から落ちて彼女が瞬時に呟いた名前、それは“ジロー”だった。

 

 

 

 

 

鈍い音がすぐ足元で響いて。

彼女は薄っすらとした虚ろな目を立ち尽くして見下ろしている俺に向けた。

ゆらゆらと揺れる潤んだ瞳。

助けを呼んできてほしいのか、それともビクとも動かない俺を不思議に思っているのか。

 

 

 

 

 

助けてやらね。

いくら彼女が頭から血を流してたって。

いくら彼女が俺の名前を口にしたって。

その手を掴んでなんてやらない。

 

 

 

 

 

俺のじゃないその手なら、イラナイ。

 

 

 

 

 

――― キーンコーンカーンコーン

 

 

 

 

 

トイレの鏡越しの自分の顔色の悪さに驚く。

青い青い青い、もう真っ青。

汗なのか顔を洗った時に残った水滴なのか。

とにかく額も頬もどこもかしこもびしょびしょ。

 

 

 

 

 

結局体育は出れず仕舞い。

……まあいいや。

どうせサッカーだし、テニスじゃないし。

次の時間は確か太郎だっけ?

だったら最上階にある音楽室だ。

教科書も何にも持ってきてないし、もうこのまま行っちゃえ。

行けば誰かが何か貸してくれるに違いない。

 

 

 

 

 

トイレを出てふらふらする足を動かして廊下を歩く。

角を曲がれば階段が見えた。

 

 

 

 

 

俺今、息、してっかな。

 

 

 

 

 

あの時、すぐに助けなんて来なかった。

誰かがあの階段を使うまで。

小さく悲鳴を上げた一学年下の女子生徒が慌てて先生を呼びに行ってた。

 

 

 

 

 

だけど、もう遅い。

 

 

 

 

 

あれから何分経ってたと思う?

床にこびり付いた血は固まって。

意識が残っていたはずの彼女はいつの間にか目を閉じてて。

もう、俺の名前を呟いてもなくて。

 

 

 

 

 

「ジロー、こんなところにいた。」

 

 

 

 

 

それなのに、笑ってるって、どうなの?

俺の目の前で彼女、笑っちゃってるんですけど。

教科書見せびらかすように持って、階段の踊り場から俺を見下ろしてる。

 

 

 

 

 

寒い。

今すっごく寒い。

 

 

 

 

 

そっち行きたくない。

足重いくせに動いちゃう。

階段、上りたくないって。

上りたくないって思っても勝手に上ってる。

 

 

 

 

 

に、近付いてっちゃってる。

 

 

 

 

 

「もーさっき窓から体育見てたのにジローいなかったから、きっとサボってるって思ってた。」

 

 

 

 

 

笑わないで。

じゃないとほら、俺、怖いんだってのこと。

だって、可笑しいだろ。

 

 

 

 

 

「でもよかったー。 ここでジローと会えるなんて、」

 

 

 

 

 

だって、

だって、だってよ…

 

 

 

 

 

「最高のシチュエーションじゃない?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お前、俺の事、恨んでんだろ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

落ちる。

 

落ちる。

 

落ちる。

 

 

 

 

 

笑ってたはずのが、落ちる俺を冷めた目で見下ろしている。

地面どこ? まだ?

まだ、ぶつかんねぇの?

いつ体に力入れたらいい?

いつ衝撃が俺を襲う?

 

 

 

 

 

「ジロー!!」

 

 

 

 

 

ああ、今だ。

マジ、体痛い。

 

 

 

 

 

でも、

 

 

 

 

 

「何してんだよお前!!」

 

 

 

 

 

が感じた痛みとは、また違う痛み。

 

 

 

 

 

痛いよ、体。

首も。

胸も。

全部が痛い。

 

 

 

 

 

目の前にある宍戸の心配そうな怒った顔も。

もう誰も立ってなどいない踊り場も。

全てが霞んでよく見えない。

 

 

 

 

 

まだ体操着のままの宍戸が俺を抱き起こし、肩を回した。

俺を抱きとめたことにより、少し肩に痛みを感じたらしい。

俺は溢れる涙を拭う事もしないで、ただが立っていたはずの踊り場を見上げた。

 

 

 

 

 

「……ったく、びっくりさせんな。 お前まで、亡くすとこだったぜ。」

 

 

 

 

 

肩を叩かれ、衝撃で大粒の涙が膝へと落ちる。

握り締めた拳を地面に叩き付け、嗚咽を漏らす。

 

 

 

 

 

なあ、何で俺、笑ってんの?

 

 

 

 

 

生きてるから?

と違って、生きてるから?

 

 

 

 

 

はもう、実在しない人物だって、確信が取れたから?

 

 

 

 

 

「……大丈夫だって、宍戸。 助けてくれて、サンキュ。」

 

 

 

 

 

ざまーみろ、

俺、生きてるって。

 

 

 

 

 

俺まだ死にたくなんてない。

だからって謝んねぇよ?

だって別に俺がを殺したわけでもないし。

つまりはさ、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お前は俺を恨んで一生そこで俺の命狙ってりゃそれでいいよ。

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2008.07.13 執筆  2009.01.05まで拍手お礼夢

(そしたらずっと、俺のことだけ見ててくれるんだろ?)