Secret lover

 

 

 

 

「けーんや君っ。」

 

 

 

ちょっと狙った上目遣い。

謙也はウザイと顔に書いて嫌々振り向いた。

うーわ最悪、ひっど。

 

 

 

「何なん? 話しかけんな。」

「酷いなーあたしらお友達やん?」

「言うとけ。」

 

 

 

もう相手にしないよってのをモロ態度で表現。 ハッと鼻であしらって再び視線は目の前のテレビへ。

そんな謙也の冷たい態度に、にこやかだった私の眉間に段々と深い皺が寄っていく。

 

 

 

「ねぇねぇ、私、神奈川帰っちゃうよ?」

「好きにしたらええやん。」

「じゃあ帰ろう。 よっこいしょ。」

「………。」

 

 

 

ふかふかだったソファーから立ち上がる。

携帯を開いて時刻を確認すれば、もう夜の八時を過ぎていた。

 

帰るって言ったのはいいけど、私新幹線の切符買ってないし。

今日蔵の家泊まる気満々だったし。 まだ本来の目的だった蔵に会ってないし。

そういや忘れてたけど、蔵遅いなー。 まだ帰ってこないのかなー。 いつまで待たせる気だ。

 

 

 

「じゃあね、バイバイ。 次いつ会えるかわかんないけど。」

 

 

 

そう言って鞄を持って手を振る。 と言っても私は帰る気なんて更々ない。

だって切符。 切符買ってないし。 なので是非、玄関へ向かうまでには呼び止めてほしいものだ。

しかし、謙也はたぶん今そんな事考えてる余裕はないだろう。

だって大好きなちゃんが本当に帰ろうとしているんだから。

 

 

 

「ていうかお前な、。」

「何だい謙也君。」

「………何で白石と…、」

「何よ。」

 

 

 

言い辛そうに言葉を切る。

ああもう、さっさと言ってくれたらいいのに。 焦らさないでよ。

 

 

 

「何で白石と…別れたん?」

 

 

 

何でなん?

何で別れたん?

 

 

 

そんなの、知らない。

 

 

 

「立海のみんなと天秤にかけたら……蔵の存在が負けた。 それだけだよ。」

 

 

 

笑って、背を向ける。 それは、自嘲にも似た笑み。

ふと頭に浮かんだのは、私と蔵の関係を知って思いっきり怒った丸井君と赤也君。

そして、悲しそうに笑った、幸村君。

 

彼らは、蔵の存在を、良くは思ってくれなかった。

 

 

 

「後悔してるんやろ。」

「してないよ。」

「嘘ばっかり。」

 

 

 

突然感じる、温もり。

ああ、私今、抱きしめられてる。

 

誰に?

決まってる、謙也に。

 

 

 

「お前は嘘が下手や。」

 

 

 

耳元で囁かれる言葉。

熱くて、熱を持つ。

 

そうだよ、そうなんだ。

私、嘘を吐くのが下手なの。

 

だから、こうやってまた大阪(ここ)に来てしまう。

 

 

 

「上手かったら…私も蔵も傷つかずに済んだのかな。」

 

 

 

謙也の頬にそっと手を添える。 ぴくんと身体が震えた。

そしてそのままゆっくりと私の顔に謙也が近付く。

 

 

 

目を閉じて、触れるだけのキス。

 

 

 

 

 

 

名前を呼ばれてもう一度降って来るキスを受け入れる。

1、2、3、4…ちゅっちゅっと音を立てて啄ばむキスがくすぐったい。

そのまま背後のソファーに倒れるように沈んでいく身体。

ソファーに手を突いた謙也がそっと私の肩に顔を埋めると、首筋にピリッとした感覚が走る。

あ、残された。

 

 

 

「謙也、嫌だ。」

「じゃあ何で俺ん家来たん? 俺お前のこと呼んでないで。」

「大阪来たついでに友人の家に寄ることはイケナイこと?」

「友人な…よう言うわ。」

 

 

 

そう言って鼻で笑った謙也はそっと私から離れてソファーから立ち上がった。

 

 

 

「俺はお前のそういうところが嫌いやねん。」

「…じゃあどういうところが好き?」

「そうやって聞くところも大嫌いや。」

 

 

 

謙也は本気で機嫌が悪いのか、声が低い。 あーあ、怒ってる。

テーブルの上に置いてあったマグカップを手にとって一気に中身を飲み干した謙也が、

ソファーに背を預けて座ったままの私を見下ろしながら言う。

 

 

 

「男タラシ。」

 

 

 

ずっきん

 

 

 

(あー…、)

胸が、痛い。

 

 

 

「もう俺ん家には来んとって。 迷惑や。」

「わかったもう来ない。 メールも電話も何もしない。」

「…そうやな、そうしてくれ。」

 

 

 

謙也のためにも、赤の他人に戻る事が一番いいのかもしれない。

謙也はそれを望んでる。 ずっと前からそれを望んでいた。

いつまでも私が顔を出していては、謙也は前に進めない。 私だってずっとわかってた。

でも、前に進めたくなかったのも事実。 手放したくなんて、ない。 これが本音。

 

 

 

「ねぇ、もしね。」

「何やねん。」

「もしもの話ね。」

「…あーはいはい、何?」

 

 

 

めんどくさそうに視線をテレビに向けながら、それでもちゃんと聞いてくれる。

忍足謙也。 彼は優しい人。

優しいから、彼は蔵に勝てなかった。 だから彼は未だにこの場所に留まっている。

 

 

 

「もし私が謙也のことが好きだから蔵と別れたって言ったら、謙也は私との縁を切ったりしない?」

 

 

 

見えるのは、謙也のうなじ。 こっちを向く気はないらしい。

ちょっとの間。 大きくて広くて、だけど物悲しそうな謙也の背中を見つめて待つ。

その背中がぴくりとも動かないうちに、彼の声が私へと返ってきた。

 

 

 

「絶対お前はそんなこと言わへん。」

「何で言い切るの?」

「お前はそういう女や。」

 

 

 

そうだ、よくわかっている。 私は絶対に言わない。

謙也が好きだなんて、絶対に口を割っても言う気はない。

だって、私はそういう女なのだ。

だから私達の結末は、初めからわかりきっていることだったのかもしれない。

 

 

 

「…ほんま、勘弁してくれや。 に会う度自分が嫌になるわ。」

「えー何で?」

「ほんまのほんまに、お前なんかと会わんかったらよかった。」

 

 

 

やっとのこと、謙也がちょっとだけこっちを向いた。

その表情は実に私の胸を締め付けるのには十分すぎるくらい歪んでいて、

何でよ?なんてふざけた質問はどうしてもできなかった。

いや、させてもらえなかったと言った方が正しいのかもしれない。

謙也はもう、とっくに限界を超えていたんだ、きっと。

 

 

 

「蔵と別れてちょっとだけ期待した?」

「…当たり前やろ。」

「ごめんね?」

「謝るくらいならほんまにもう来んな。 いつまでも女々しい男になるから。」

「私は別に女々しくなってくれてもいいんだけど。」

「…こンの悪女。」

 

 

 

ごつん。 額と額をくっつけられて、また縮まる私と謙也の距離。

息がかかりそうなくらい、近くて。 だけど本当のところはすごく遠い。

最後にもう一度だけ謙也が口付けを落として、私をギュッと抱きしめた。

きつく、きつく。 苦しいって言っても。 それでもきつく、きつく、きつく。

 

 

 

「ごめんね、謙也。」

 

 

 

私は君でない、別の彼を愛してしまったの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それでも君を手放す気はないのだけれど。

_____________________________

2009.09.22 執筆  

(君はそんな私をまた「ズルイ女」とでも呼ぶのでしょうか。)